拙い子守歌は、ぽろりぽろりと唇から零れていく。優しく胸元を叩くリズムは徐々に不規則に、乱れる子守歌と比例するように、緩慢に音と音との距離を広げていく。
「眠いですか」
仰向けになった私は、横目で隣の同居人を見つめる。私よりも夢の淵に立っている彼は、落ち行く瞼をゆっくりと押し上げて「ああ」と素直に頷いた。そういして大きな欠伸を浮かべた後「普段なら寝ている時間だからな」と表情を緩める。なるほど。時刻は午前一時。早寝早起きの彼なら確かに、熟睡している時間帯だった。
「なら先に寝てください。私も眠くなったら寝るので」
「それはだめだ。俺が先に寝たら、お前は仕事を始めるだろう?」
咎めるようなそのもの言いに、私は口元まで布団に潜り込む。否定できないそれに、言い返す言葉が思い浮かばないのだ。
そもそもの発端はこんな時間まで仕事をしていた様を見つかってしまったから始まったのだ。リビングの机にはまだ仕事の残骸たちが残っている。確かに彼が先に寝てくれたら、私はこっそり寝床から抜け出して、仕事を再開するだろう。
眉を寄せる千秋さんに「だめですか?」と、とびきり甘えた声を出して胸にすり寄れば、先ほどまで覚束ない子守歌を歌っていたくせに彼は「だめだ」ときっぱり言ってのけた。まるであの緩慢な――リズムの狂った旋律が嘘のように、はっきりと。
「あのな」
ため息交じりに始まる言葉は説教に違いないので、私は布団の中に避難して「ううう」とうなり声を上げた。
だって仕事がたんまり残っているのだ。ちょっとくらい睡眠時間を削っても、いいじゃないか。
そんな強固な私の態度に、布団の向こうからまた、ため息が聞こえる。
「……こういうのは、もっと別の理由で甘えて欲しいんだけどな」
諦めたように彼は腰を抱いて、自身の胸元へと私を抱き寄せた。布団から這い出た頬に、冬の空気が出迎える。寒さと、そして布団の暖かさのコントラストで、眠気がじわじわと身体の底からにじみ出してきた。なんとなくここで眠気を露呈するのは悔しくて、またあやすように叩き始めた千秋さんを見つめて「例えば?」と問う。質問の意図がわからなかったのか彼は首を傾げるので「別の理由で甘えて欲しいって、例えば?」と意地悪に言葉を繰り返した。
「……いい子だから一緒に寝よう、な?」
額にキスを落とした千秋さんが笑う。逃げたな。私はそっぽを向いて「でもまだ仕事が残ってるんです」と突っぱねる。
「身体を休めるのも、大切な仕事の一つだろう」
しかし千秋さんはそんな私の態度を咎めることなく、とびきり優しい顔で微笑むと、もう一度頬にキスを落とす。そのあまりの優しさに、言い返す言葉が喉の奥へと引っ込んでしまった。
黙りこくった私に彼はまた子守歌を口ずさみながら、ゆっくりと、寝かしつけるように背中をとんとんと叩く。
「千秋さん」
歌いながら彼は瞳を開ける。ほど近い距離。栗色の瞳が優しく細まり、頭をなでてくれる。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そうして途切れた子守歌がまた紡がれる。眠気が身体を覆っていくのを感じながら、私は密やかに欠伸を浮かべ、彼の温かい身体の方へ、身を寄せた。