その背中があまりに寂しく見えたので、泣いているのかと思った。その大きな背中は震えてはいないけれど、そして耳を澄ませたって泣き声一つ聞こえないけれど、いつもは飄々としている彼の出で立ちとは違い、自信なさげに丸まっているその背筋から彼の悲しさが滲んでいるような気がしたのだ。
「泣かないでください」
秋を迎える屋上は、どこか冷たい風を運んでくる。海面を攫って得た冷たさとは違う。陽光で熱されなかった、生まれたままの風が頬を撫でて通り過ぎていく。この時期の屋上には、人影が殆どない。二人だけの屋上で、しんと、私の声が小さく揺れる。
「泣いていないよ」
先輩は振り返らず、言葉だけを返す。その声は震えることなく、そして吸う息にも水音は一切混じっていなかった。だからきっと泣いていないんだと思う。それでも彼から滲む空気はどこか寂しくて、余所余所しい。勘違いならいいけれど、とそろりと隣に寄れば、先輩は僅かに身を固くした。
くしゃりと、潰された芝生が声を上げる。そのまま先輩の隣に腰を下ろせば、小さく、彼のため息が聞こえた。
風が、青臭い芝の匂いと、遠く、潮の香りを運んでくる。今年一番の寒さが日々更新されるこの季節に、吹き抜ける風はどこか強い。今朝方、ようやくクローゼットから引っ張り出してきたストールが、風に乗って大きくその身を翻させる。マントのように胸元で両端を押さえながら、私はそっと、先輩の顔を覗き込んだ。
「泣いてないったら」
どこか遠く、フェンスの向こうを見つめた先輩が頑なに声を上げる。力強い瞳と、赤くならない鼻と。確かに彼は泣いてはいなかった。しかし、いつものように気安く視線を交わらせることは許してくれない。
風が吹き抜ける。ストールが泳ぐ。今日も更新されつつある今年一番の寒い風から少しでも守れるようにと、そっと先輩の肩にストールの片側をかけてあげる。
「……泣いてもいいんですよ?」
その言葉に彼はやはり頑なに「泣かないから」と繰り返す。それでも小さく身を折りながらストールの中へと入る彼は、私を一瞥することなく、しかし甘えるようにその頭を、私の肩に擦りつけた。