DropFrame

夜眠れない話

 目覚めて見上げた空はまだ暗くて、群青色を煮詰めたような空の上にはぽつりぽつりと縫い付けられたかのように星がいくつか輝いていた。ベッドに寝そべりながら、まだ気怠い腕を持ち上げ手の甲でカーテンを捲れば、先ほどよりもよく夜空が見えた。雲はなく、街の明かりも落とされているから星の輝きがよく見える。
 揺れるように瞬く星たちは、どこか頼りない。眠気眼でそれらを見上げていたら、一閃、星が尾を引いて夜空を滑っていった。眠気を攫うように流れたそれに、年甲斐もなく「あっ」と興奮を滲ませた声を漏らしてしまう。
 身体を起こしている間に消えてしまった流星。名残を残さず、まるで流れたことが嘘のように、夜空は澄まし顔で星を湛えていた。

「おはよう、嬢ちゃん」

 声がした。振り返れば丁度コートを脱いでいた彼の人が、暗闇に落ちた部屋の中で、ぼんやりと浮かんでいた。夜の空気から生まれたような黒髪をかき上げて「随分と楽しそうじゃのう」と彼はくつくつと笑う。両手を広げて「お帰りなさい」と言えば、彼はコートをラックにかけると「ただいま」とそのまま私の腕の中に収まってくれる。
 鼻先に、澄んだ夜の空気のにおいがふれた。頬に触れる温度は冷たい。「寒かったでしょう」と腕を緩めれば零さんはベッドの上に座り「寒かったよ」と言い「だから嬢ちゃんで暖まろうと思って」と言葉を継ぎ、今度は私を抱きすくめた。

「楽しそうじゃったが、窓の外になにかあるのかえ?」
「流れ星が流れてたんです、今」
「ほう」

 彼は私を抱えたまま、窓際へと寄った。やはり夜空は星を落としたことなど知らんぷりで、何事もなく星を光らせている。暗闇に落ちた部屋の中では、ガラスは薄く、私たちを映し出す。空を見上げていた彼の瞳がこちらに注がれるのが、ガラス越しに見えた。見上げれば、零さんはにこやかに微笑む。

「流れ星、な。なにかお願い事は出来たかのう」

 細まる紅の瞳。揺れる長い睫。首に腕を巻き付けて彼に抱きつけば「随分と甘えん坊じゃな」と彼の言葉が跳ね上がった。

「……一緒に寝たいなって」

 うそ、そんなお願いなんてしていない。というか、願い事なんて出来る隙も無かった。
 それでも零さんは「それは……叶えないといけんのう」と笑い、掛け布団を捲り、潜り込む。まだ部屋の空気に溶けてない彼の身体は、冬の空の匂いを強く連れてくる。彼の胸の中に飛び込めば、そういえばまだ零さんがパジャマじゃないことに気がついた。「パジャマじゃない……」と言えば彼はなんてこと無い様子で笑い「嬢ちゃんが寝付いたら、着替えるよ」と言った。彼は夜行性だ。生活リズムが交わることはあれど、ともに過ごすことは殆どない。
 顔を胸に埋め「つめたいですね」と笑えば「我輩は暖かいよ」と彼も笑う。

「今宵は星が綺麗じゃった」
「じゃあまた流れ星、見れますかね?」
「まだ願い事があるのかえ? 嬢ちゃんは欲張りじゃな」

 喉の奥で、彼が笑う。僅かな振動が、安心を誘う。微睡みながら「じゃあ今日はもう、他の人に譲ります」と言えば、零さんはやはり、笑った。

「それがいい。いい子じゃな、嬢ちゃんは」

 彼の腕が動き、視界が僅かに明るくなる。先ほどの私のようにカーテンを捲った零さんは月光を浴びながら「良い夜じゃ」と声を夜に溶かしていく。

 流れ星は誰かの願いを届けるために、また夜空を滑るのだろうか。
 こんなに綺麗な夜だから、きっとまた、走るに違いない。