DropFrame

夜眠れない話

ぽつ、ぽつ。
落ちる水音に導かれるように、思考が浮上していく。抵抗することなくそのまま瞳を開けば、夜の帳に包まれた寝室が、目に入った。ぽつり、またひとつ、滴が跳ねる。静まりかえった部屋の中に音を差し入れるように、ぽつり、ぽつり。しかし音の割には湿っていない夜風がカーテンを揺らし、寝室へと流れ込んでくる。どうやらまだ降り始めらしい。不規則なリズムで落ちてくる雨粒に、私は身を起こした。

「寝付けねえのかよ」

 覚束ない視線を声の方へと向ければ、机に向かっていた晃牙くんがこちらを見つめていた。机上の弱々しく光るテーブルランプはおそらく私を慮ってのことだろう。そのささやかな明かりの下には、紙とシャープペンシル。どうやら書き物をしていたようだ。そういえば新曲がどうだとか、晩ご飯時に言っていたような。

「もしかして、起こしちまったか?」

 返答をしない私に、彼は眉を下げながらそう口にする。私は首を横に振り「そんなことないよ」と応える。継いで「目が悪くなるよ」とテーブルランプを見つめて言えば「うるせえ」なんて粗暴な言葉が投げつけられてしまった。

「……ありがと」
「あ?」

 気遣ってくれて。なんて、そこまで言うと怒られるから続きを笑いで誤魔化せば「んだよ気持ち悪いやつ」なんて不躾な一言。遠のいていく眠気を感じながら、私はベッドに寝転がり、そして枕を抱きながら「気持ち悪くないですー」と彼に応戦する。

 ぽつ、ぽつ。雨音は感覚を狭めて降り注ぐ。部屋の中に入る空気も湿り気を帯び、比例するように雨粒の音も増えていく。

「まだ起きる時間じゃねえから寝てろよ」
「うーん」

 ちょっとねえ、起きちゃったんだよねえ。そう口にする寸で、乱暴なほどの光が部屋の中に満ちた。刹那、ゴロゴロとうなりをあげる空に、窓ガラスが揺れる。そちらへと視線を投げれば、先ほどまで控えめだった雨が、途端に篠突く雨となり街に降り注ぎ始めた。

「吹き込むな」

 晃牙くんがそう言って立ち上がる。暫く窓の外を見つめガラスを閉めれば、湿気た夜の空気だけが部屋の中に取り残されてしまう。淡いライトだけが光源の薄暗い部屋に、彼の背中がぼんやりと浮かぶ。
 その背中を見て、広い背中だ、と思った。学生の頃から飽きるほど見てきたけれど、改めて見ると、うん、やはり随分と広い。
 そう思うと、触れたくなった。彼女の傲慢かもしれないけれど、側に居たくなった。欲望のままに布団から這い出て彼の背中に抱きつけば「あ?」と彼の唸る声。カーテンの向こうでまた稲光が光り、雷鳴が弱く轟く。僅かに照らされたその横顔に「一緒に寝よ」と甘えれば、ほんの少しだけ彼の横顔が緩まった。

「雷が怖えのか? ガキかよ」
「うん、こわいこわい」

 彼から身を離せば「仕方ねえやつ」と晃牙くんは頭を掻いて、そして机へと戻る。私はそそくさとベッドに飛び乗り、軽く布団を捲った。

「どうぞどうぞ、温めておきましたよ」
「うっせ」

 ランプが消える。部屋に暗闇が蔓延る。しかし窓の外で光る稲光が、僅かにまた部屋を照らし、そうしてしぼむように光が消えていく。雨の音が響く。篠突く雨は鳴りを潜めて、今では随分と穏やかだ。

「ほら、練るぞ」

 布ずれの音。近づく体温。

「はーい」

 彼に添えば、伸びてくる腕が私の腰を抱いた。ゴロゴロと遠くなる雷鳴を聞きながら、私は彼の胸に飛び込み、そして大きな欠伸を浮かべるのだった。