どうやっても寝付けない夜、自分以外の誰かのぬくもりが恋しくなり、私は意を決して同居人の布団へと潜り込んだ。掛け布団の端の方はまるで私を拒むように冷え冷えとしていたのに、彼に寄るほど、おいで、おいでと誘うように暖かさが出迎えてくれる。
そうして隣で潜り続けていたら、彼の穏やかな寝息が乱れ、口元から「ううん」なんて音が漏れた。薄暗闇の中で、彼の灰色の瞳が瞬き、覚束ない視線がこちらへと向けられる。そうして彼が私を捉えると、途端に表情が緩んだ。甘えが混じった、何でも許してくれそうな笑顔を浮かべながら「夜這い?」と彼は笑う。
「起こしちゃいました?」
「おきちゃいました」
悪戯混じりの声色でそう言うと、彼は眠たげな瞳を瞬かせながら欠伸をひとつ。侵入者がなにを、と思うが起こす気は毛頭もなかったのだ。申し訳なさを抱きながら彼にすり寄れば、薫さんはごく当たり前に私の腰に腕を回して「おはよ」と笑う。「おはようございます」と素直に彼の胸の中に収まり、顔を上げた。
「……その、眠れないので一緒に寝ようかな、と思いまして」
「ふうん」
彼はまだ夢の中なのか、覚束ない言葉とともにもう一度欠伸を零して「そっかそっか」と腕の力を強める。彼の体温が直に触れて安心したのか、ようやくのんびり屋さんの眠気が顔を出してくれる。
「うんうん、そうだね。いっしょにねようね」
「ごめんなさい、起こしちゃって……」
「ううん。おれはね、きみのことがすきだからね、いいの」
ふああ、ともう一度欠伸を浮かべた薫さんは、おそらくあまり思考を介していない言葉をぽろぽろ零していく。緩慢な速度で紡がれるその覚束ない響きに小さく笑えば「ほんと、ほんと」とまた、ゆっくりと彼の言葉が織られていく。
そうして微睡みに包まれた彼は、おおよそ聞き取れない言葉を口から零して、あやすように何度も背中を叩いてくれた。彼の優しさのご相伴にあやかるように、私も瞳を閉じて彼の胸に額を付ける。
「いいこ、いいこ……」
寝息混じりに聞こえたその優しさが、ゆっくりと微睡みを連れ出してくれる。身体の奥からにじみ出すようなそれに欠伸を漏らせば、背中越しの緩やかなリズムが止まり、その代わり距離を詰めるように優しく、抱きしめられる。
解ける意識の境界で「すき」と鼓膜が音を拾った。
わたしもすきです。
そんな言葉を夜に溶かして、夢の中へと落ちていく。