DropFrame

音にするには早すぎる

「俺の気持ち、知ってるくせに」

 ごろりと膝の上で転がった彼がとても口惜しそうにそう言うものだから「何の話?」ととぼけてみれば、凛月くんはその紅の瞳をひどく不機嫌そうに細めて「知らない」と言い捨てた。
 だってそんな陳腐な台詞、現実で聞いたのは初めてだよ。でもそんな言葉じゃ、胸に抱いたこの気持ちをあげるわけにはいかない。だってこれを曝け出してしまうということは、お互いの立場を揺るがしてしまうのと同義なのだから。それならばそれなりの言葉や態度を示してもらわないと、私のこの気持ちをあげるわけにはいかない。
 学院にひっそり佇む大樹の下。鈴虫の音とともに流れる涼風に触れて、木々がさわさわと揺れる。徐々に色づく紅葉の木。高くちぎれていくうろこ雲。彼の鼻先に落ちた光は風の赴くまま、曖昧に輪郭を揺らしていた。

「あのねえ」

 凛月くんが私を見上げる。眩しいのだろうか、ほんの少しだけ細まる瞳の向こうに、ちろちろと燃える小さな炎が見えた。これはなにか言うぞ。これは、彼が決意したときの瞳の色だ。
 だからわざと視線を外して「それは楽しい話?」と笑って見せた。「そっちが認めれば楽しくなる話」との言葉に見下ろせば、彼は表情を緩めぬまま、じっとこちらを射貫いている。
 間直なその視線を受けて、思わず身構えてしまった。私の動揺を聡く感づき「聞きたい?」と彼は挑むように言葉を続けた。

「今は、聞きたくないな」

 そうやって逃げてみれば凛月くんはしばらく私を見上げた後で「あっそ」と視線を外す。

「今は、って。もう次は言わないかもしれないけど」

 それは喜ぶべきことなのだろうか。それとも、悲しむべきことなのだろうか。言葉に困れば、横目で凛月くんが私の様子を伺っている。表情を崩して笑って見せれば「下手くそ」と彼は私の笑顔を一蹴し、ごろりとまた、膝の上を転がった。

「(私の気持ちなんてとっくの昔に、知ってるくせに)」

 彼の言葉をなぞるように浮かんだ言葉を、やっぱり陳腐だ、と一笑する。そうして投げ出された凛月くんの指先を弱く握れば「ずるいなあ」と彼が唇を尖らす。

「うん、ずるいの」

 私も、呟く。言葉には出来ないけれど指先からほんの少しでも伝わればいいのに。灯る熱に言葉を込めて、もう一度私は、指先を弱く握りしめた。