DropFrame

夜に仕事をする話

 大きなあくびを浮かべ針を泳がせれば、ちくりと小さな痛み。アドニスくんは目ざとくそれを見つけると「もう寝ろ」と怒気を孕ませた声を漏らした。

「でも、アドニスくんはまだ起きてるんでしょう?」
「お前が寝たら寝る」
「本当?」
「本当だ」

 ふあ、とあくびを零せば、彼は表情を和らげ「だからもう寝よう」と先ほどよりも幾分優しい声で紡ぐ。机の上に置いた楽譜は、赤色で様々な注釈が差し込まれていた。先ほどから鼻歌で紡がれる曲は、おそらくこの曲なのだろうか。あまり見るのも失礼なので私はもう一度あくびを零すと、作りかけの衣装を机の上に置いた。もう、一時を過ぎている。

「順調か?」
「ううんまあ、それなりに」
「そうか」

 腕を伸ばせば固まっていた関節が伸び、ぱきりぱきりと音を立てた。集中していたから気付かなかったけれど、随分とくたびれている。もう冷めたお茶を喉奥へと流し込んで机の上を見れば、ふと脳裏に、懐かしい光景が蘇った。

 作りかけの衣装。書き込まれた楽譜。「なんだか学生に戻ったみたい」なんて何気なく言葉を落とせば、アドニスくんも机の上にあるものたちを見て「確かにそうだな」と笑った。あれから数年たったというのに、私たちは何一つ変わってはいない。

「お前が無理するところは変わらないな」
「活動時間は同じくらいのくせに」
「体力が違う」
「うーんそれは、確かに」

 アドニスくんはそうして私の手を取り「寝よう」と歩き出す。左手の薬指にはめたシルバーのリングが、きらりと光を放つ。
 いや、何一つ変わっていないは、言い過ぎだったか。

「うん、寝よっか」

 触れあった指を絡ませながら私も素直に彼について歩く。いつまでこの生活を続けることができるかわからないけれど、できる限りこのまま、できることなら、ずっと。