満員電車。つり革を掴みうとうととうたた寝をしていたら、どうやら栄えた駅に辿り着いたらしい。ぴんぽん、なんてのんきな音とともに、押し入るようにたくさんの人が乗り込んでくる。人の波に押されるうちにつり革から手を離してしまった私は目の前――閉じたドアを背にして立つアドニスくんに、所謂壁ドン、という状態で接近してしまった。転ばないように手を伸ばしたのが間違いだったのか。彼の胸元に伸びる手はピンと伸び、閉じたドアに勢いよくぶつかった。
「大丈夫か」
頭上から、彼の声が降ってくる。こちらのドアは私たちが降りる駅まで開かない。ということは愛どっるを守る体では褒められた構図かもしれない。ほら、私が守れば人に押されることもないし? なあんて思っていたら人の圧が背中にかかり、簡単に私の体は前へ前へ、アドニスくん側へと寄ってしまう。しかしここはプロデューサーの意地。両手にできるだけ力を込めて「大丈夫」とアドニスくんを見上げ、笑った。
電車が揺れる。もはや塊になった人の波が、大きくうねる。その余波がこちらまで伝わり、加えられる背中からの圧に、なんとか両手を突っ張って、アドニスくんを満員電車からの脅威から守ろうとする。ぷるぷると腕が震える。背中が、手が、とても痛い。
「……大丈夫だ、捕まっておけ」
そんな私にアドニスくんは微笑み、そうして背後の人と私との背中の隙間に手を差し込んだ。そして、力を入れ、背中を押す。途端に私の腕から力が抜けて、そのままアドニスくんの胸へと勢いよく倒れ込んでしまった。耳に、彼の熱い胸板が触れる。彼の体温が、じわりと頬を蝕む。
「捕まるところがないと不安だろう? すまないが、今はこれで」
邪気のない瞳とは裏腹に、随分と早いアドニスくんの心臓の音。蹴飛ばされるように私の心臓も高鳴り――私は彼の胸元のシャツを掴みながら「うん」とだけ、呟いた。