夜にはわるうい魔物が住まうんじゃよ。彼はそう言って悪戯に笑う。まるで子供を怖がらせるかのようにすごみながら「わるうい、わるうい魔物がな」と笑うので「私の周りの魔物はみんないい人ですけどね」と呆れ混じれに私はそう返した。
その言葉に先輩は目を丸くして「はて」と言葉を落とす。そのまま二、三歩こちらへと歩み寄り「いいひと」と言葉の心地を繰り返すように、舌の上で転がす。
「先輩も、いい人じゃないですか」
「いい人ぶってるだけじゃよ。夜になると嬢ちゃんが欲しくてたまらなくなる」
「夜だけ?」
そう笑えば彼は怒ったように眉を寄せた。
「昼も求めると嬢ちゃんが困るじゃろう」
「ほら、配慮してくれるってことはいい人って事ですよ」
そう笑えば先輩はつかの間逡巡し、そして険しい顔のまま私の腕をとった。そのまま強い力で引っ張るので、思わずつんのめりながら彼の導く方へと足を進める。
「せんぱい」
ちょっと待って、と言うよりも先に先輩は私を抱き上げるとそのまま乱暴に棺桶の中に落とした。幸いクッションが効いているから背中のダメージは無かったものの、あまりいい状況では無い。
立ち上がり抜け出そうとしたけれど、彼は私の肩を押し、もう一度棺桶の底に沈める。そしてそのまま彼も棺桶に足を踏み入れた。
「嬢ちゃん、今は何時じゃ」
「い、今? えっと、六時半……」
「ほう、じゃあ夜じゃな?」
「よ、夜と言えば、夜ですけど」
私の両足の間に、彼の足が差し込まれる。顔の間際に両手を置かれ、彼は四つん這いの状況で私を見下ろしてにたりと笑った。
「夜になると嬢ちゃんが欲しくてたまらなくなるんじゃよ」
「……さっきも、ききました」
「そうかそうか、良かった」
「良くないです、ちょっと、もう帰らなきゃ」
「そうじゃなあ、しかし」
先輩は嬉しそうに笑うと私の耳元に顔を埋めた。間近な吐息にぴくりと心臓がはねる。まるで彼の肌から熱が伝播してきたように熱い。
「我輩、配慮のできるいい人じゃから」
耳元で彼の声がする。鼓膜が震える度に、心臓もばくばくと音を立てて震えた。
「夜も遅い。今日はここでお泊まりしようぞ」