さらさらとした品のいいシーツが肌を滑る。隣で黒猫のようにじっとこちらを見ている存在がいることには気がついていたけど、気がつかないことにした。寝たふりをして、すやすやと私が思い描く寝息を立てる。だって起きたらまず、何故私がここにいるのか、と彼に問い詰めなきゃいけないと思ったし、問い詰めて解決したら家に帰らなきゃいけないと思ったからだ。だから、まだこの幸福に浸るために私は寝たふりをする。すやすや。すやぴー。息を吐けばくすりと笑う猫。
「下手くそ」
彼はそう言って布団をめくった。そしてごく当たり前のように脇に潜り込んでピタリと寄り添い、布団を戻す。重くもなく、かといって薄くも無い。暖かなその布団の中に暖かな彼の体温が加わる。彼が寄り添う度、心臓は早鐘を打つ。どくりどくりと、熱を持った血液を送り出す。
「寝てるんだよね」
「寝てますよ」
「そう、じゃあそのまま寝ててね」
ぎしり、と音が響いた。私の肩に、暖かななにか――おそらく凛月くんの頭――が乗る。普通って男の人が女の人に腕枕をしませんか? なんて疑問が過ぎったけど、悲しいかな、私は今絶賛寝ているのである。だから、寝ている故に文句は言えない。
「ねえ、寝言でもいいからなにか話してよ」
「昔話でもいい?」
「むかしむかしおじいさんがってやつ?」
「そうそう、おばあさんと暮らしてて、川から桃が流れてくるの」
「桃じゃなきゃだめ?」
「みかんだったら冷やされて美味しいだけじゃん」
「桃でも美味しいと思うけど」
確かに。いい返事も浮かばなかった私はわざとらしく「すやすや」と言い「ねてまーす」と彼に申告をする。凛月くんは少し拗ねたような声色で「ずるくない?」と私の頬をつねる。痛かったけれど、起きるような痛さでは無い。だから私はまた「すやすや」と口にする。
「熟睡だねえ」
「熟睡です」
「今日はこのまま寝ちゃう?」
「だから寝てるんだって、すやすや」
「そうだね、じゃあ俺もこのまま寝よう」
そして彼はおとなしく私の脇に収まり「おやすみ」と言った。私も彼の方へと寝返りを打ち「おやすみ」と返す。一体何故ここにいるのか、そしてこんな状況なのか、起きたらちゃんと確かめるけど、夜の間はどうや、うやむやに。夢の中にいさせてください。