DropFrame

夜が駆け出すよりも早く

 空が茜色に染まる頃、二人で並んで歩いていた。今日は真緒が彼女を家まで送り届ける当番で「今日もごはん食べていく?」と悪戯に笑う彼女に、そういえば今日の家の晩飯のメニューはなんだっけな、と思い出す。確か妹が生姜焼きだと言っていた気がする。なら、今日は家で食べよう。
 秤にかけた結果食欲が勝り「今日はそのまま家に帰るよ」と伝えれば彼女は「そっか」と笑った。そうして会話は終わり、二人で並んでただただ見慣れた道を行く。空は徐々に藍色が滲み、雲は赤紫に焼けてゆったりと流れていく。遊び疲れて帰る子供達。晩ご飯の材料を抱えた母親。ちりんちりんと自転車のベルがけたたましく鳴り、真緒の脇をすり抜けていった。日没に気圧されるように、人々は足早に街を行く。忙しなく進む人々の中、彼女だけはのんびりとした声で「今日も疲れたねえ」とあくびを零した。

「すごく働いた気がする」
「お前は働き過ぎだとおもうぞ」
「真緒くんもね」
「俺は……ううん」
「ううんじゃないです、ごまかさないでくださいー」

 わざとらしい敬語に「そうだな、働き過ぎかも」と答えれば、彼女は嬉しそうに「よろしい」と大きく頷いた。
 信号が赤に変わる。彼女も真緒も立ち止まる。振り向けば長く伸びた影が見えて、彼女も振り返り「長いねえ」と笑う。そして彼女はわざとらしく腕を振った。影もすぐさま腕を振る。楽しそうに顔をほころばせる彼女につい「子供かよ」と言葉を落とせば「高校生はまだ子供ですけど?」と言い返されてしまった。
 信号が青に変わる。彼女は手を止めて歩き出した。真緒も彼女の隣に立って歩く。すぐ横には先ほど振っていた彼女の手が力なく垂れている。
 ほんの少し手を伸ばせば、そこへと届く。
 心の中にふと生まれた欲望に、真緒の心臓はとくりと鳴いた。

「……あの、さ」
「なあに?」

 彼女が振り返る。道は混雑していないし、握り引っ張るほど彼女も自分も疲れてはいない。理由なんてそこにはなくて、でも彼女のその長い指に、自分のそれを絡めたい欲望が心の中に席巻する。

「なあんかやらしいこと考えてた?」
「ば、そんなことねえよ!」
「ふうん」

 見抜かれたような気がして、気恥ずかしくて目をそらす。彼女は「そう?」と悪戯に笑うとそんな真緒の手を握り、思い切り駆けだした。

「うそつき」