「星の終わりを見に行こう」
そう言うや否や先輩は上着も着ることなく駆けだしたので私は彼のコートとマフラーをひっつかんでその背中を追いかけた。星の終わりなんて、何を言い出すのやら。呆れながらも彼の奇行に慣れてしまった私は「待って下さい」とかけても無駄な声を上げながら彼の後ろを付いて走る。
最終下校時間も間近に迫り、廊下には人の影は殆ど無い。かといって走っていい理由にはならないけれど、歩いていたら彼を見失ってしまうので、生徒会メンバーと出会わないことを祈りながら私は走り続ける。先輩はそんな私を振り返ること無く「わははは」と嬉しそうに声を弾ませながらターンを決めて階段を駆け下りた。私も慌てて後に続く。
「先輩」
「なんだなんだ? くだらない理由だったら怒るぞ」
「……じゃあ、なんでもないです」
「わははは! そうか! なら、走ろう!」
楽しそうに弾む先輩の声。階段を駆け下り、昇降口へと向かい、そのまま靴も履き替えずに外へと飛び出す。「あふれ出すぞ!」先輩の声。「せめて靴は履き替えて下さい!」と私は追いかける。
ふと見上げればぽつりぽつりと星が瞬いているのが見えた。
こんなに綺麗なら確かに駆け出したいような気持ちにも――ならない。先輩のせいで私もまだ上靴だし、何ならコートも着てないしマフラーも巻いていない。二人とも秋口のような格好で門を飛び出すから、守衛さんは驚いた表情で私たちを見送った。
「大体『星の終わり』ってなんなんですか!」
「馬鹿! すぐ聞くな! 考えろ!」
「考えろって言ったって、大体星はずっと先まであるんですよ!」
「俺たちがずっと先まで走ればいいだけだろ」
「俺たちって、巻き込まないで下さいー!」
信号を超え、驚き振り返る学友達の脇をすり抜け、レンガ道、路地裏、舗装されていない道。先輩の背中だけを見てただただ走り抜ける。冬場なのに、ほんのりと汗が滲む。肌をすり抜ける風は刺すほど冷たいのに、なぜだか身体はとても暑い。
「夜は何度も来るから、その度に追いかければ大丈夫!」
「先輩の興味がそこまで保てばの話だと思いますけど」
私の言葉に先輩の足が止まる。「そうだな」と切れ長の瞳を瞬かせるので、そのすきに彼に上着を羽織らせマフラーを巻いた。
先輩は少々お気に召さない様子で「暑い」と唇を尖らす。荒い息を吐きながら「確かに」と私が笑えば、彼は「じゃあ、飽きるまで走るぞ」とまた地面を蹴り走り出したのだった。
そう、『星の終わり』を目指して。