雨が降っていた。しとしとと音を立てるように雨が降っていた。
秋の雨は街を冷やすが、冬の雨は街の寒さをほんの少しだけ緩めてくれる。ひざ掛けがわりにしていたストールを肩にかけて濡れる街並みを見れば、お昼をすぎた頃にも関わらず街灯がちらほら明かりをともしていた。雨粒は街灯を反射しながらぱちぱちと弾けるように瞬き、地面へと降り注ぐ。
そんな濡れそぼる中でも、噴水はじゃばじゃばと音を立てて動いている。不思議なことに縁から溢れる事なく、水は噴水の中に収まっていた。こんな雨の日は流石にいないだろうと思いつつも、噴水の主を探してみる。しかし噴水にはただただ雨水が降り注ぐだけで、それらしき姿は見えない。
「(そういえば)」
雨の日は水浴びをしないようなことを、言っていた気がする。窓を指先でなぞれば、結露した水滴が私の指先を濡らした。いつもいるはずの人がいないだけで同じはずの景色がなにか物足りなく、褪せて見えるから不思議だ。噴水をじいと見下ろしていると、廊下の方からペタペタと足音が聞こえた。誰かいるのだろうか。どのみち私には関係はない。誰もいない噴水を見下ろしていると足音は途切れ、そして、盛大にドアが引かれる音が聞こえた。
「てんこうせいさん」
「深海先輩」
望んでいたその姿がまさかドアの向こうからやって来るとは思わなくて、私は驚いて何度も目を瞬かせた。深海先輩は頭からタオルを被りずぶ濡れのその姿でぺたぺたと足音を立てながら教室に入ってきた。
「なにかみてたのですか?」
「ああ、今日は先輩は噴水にいないなと思いまして」
先輩は私の隣に立ち、ちょうど真下に鎮座している自分のテリトリーを見下ろした。そして、ああ、と呟いて窓をなぞる。
「あめのひにみずあびすると『かぜ』ひいちゃいますから」
当たり前なことを言っているはずなのに深海先輩が言うととてもチグハグに響く。くすりと笑いをこぼすと先輩は不満そうに顔を歪めて、なんですか、と口を尖らせた。私は首を振るい、なんでもないです、と答える。彼は納得してないように暫く眉を寄せていたが、一つため息を吐くと、目下の噴水をまた、見下ろした。
「はやくやまないですかねえ」
「そうですねえ」
「やんだらいっしょに『ぷかぷか』しましょうね」
「それは要相談ですねえ」
雨の日の時間は普段よりもゆったりと流れ続ける。
雨が降っていた。まだ止みそうにはない。