DropFrame

おやすみなさい、起きるまでそばにいてね

「起きてんのか?」
「若干」
「若干ってなんだよ」
「ほんのちょっぴりくらいのことだよ」
「そんなこと聞いてんじゃねえよ」
「いって」

 布団の暖かさが人をダメにする季節が到来してしまった。うとうととまどろみながら保健室の布団にくるまっていると、晃牙くんが不機嫌そうに眉を寄せているのが視界に入った。はて、私が寝始めた時は誰もいなかったのに、いつの間に来たのだろうか。そしていつの間に私の寝ているベッドの縁に座っているのだろうか。

 わからないだらけの状況に晃牙くんを見上げれば、彼はムスッとした表情でやはり私を見下ろしている。もしかして夢かな?と思った。妙にリアリティのある夢だな、と思い目を瞑れば「おい」と不機嫌そうな声が私の眠りを妨げる。

「寝るのか」
「長い瞬きです」
「そうかよ、おやすみ」
「晃牙くんは何しに来たの?」
「寝るんじゃなかったのかよ」
「瞬きだっつってるでしょ」
「あーはいはいそうですか」

 布団から少し顔を出せば晃牙くんはやはりベッドに座っていて、携帯をいじっているのか手元をじっと見つめていた。もしかして気分が悪いのにベッドが埋まっているからこうして順番を待っているのだろうか。そう思い横のベッドを見たけれど、どうやら誰も使ってはいないご様子。隣に広々としたスペースがあるのにわざわざ狭いここに座るなんて物好きな。膝で晃牙くんを軽く小突けば、晃牙くんはそれはもう不機嫌極まりない顔をしてこちらへと振り返った。

「テメェ」
「晃牙くんも寝たいの?」
「寝たくねえよ」
「そうなの?なら怪我?」
「なんでだよ」
「だって保健室にいるの珍しいし」

 私がそう言うと彼はやはり眉を寄せて、そして少しだけ鼻をひくつかせた。「まああまり寄り付かねえよ」とそれだけ言うと視線を手元に戻してしまう。私も彼と同じように鼻をひくつかせてみる。冬の冷たい空気と、消毒液の香りが鼻の奥へ奥へと流れていく。人より鼻がいい晃牙くんにはこの匂いは厳しいのだろうか。

 布団の端を肩に巻きつけてそのままいもむしのように晃牙くんの方へと這い寄れば、彼はぎょっとしたように目を丸めて、そして「何やってんだよ」とまた眉間にしわを寄せた。私はその言葉に応えることもなく晃牙くんの太ももの隣に頭を置いてじいと彼を見上げる。動くたびに巻きつけたふとんが、がさりがさりと音を立てる。少しだけ窮屈だけど、体温で温まったふとんは居心地が良い。

 晃牙くんの太ももに額を寄せて重く瞬きを繰り返せば、晃牙くんがぽつりと「倒れたんだってな」とつぶやいた。

「うん?私の話?」
「てめえしかいねえだろ」
「ちょっと寝不足でふらついてただけだよ」
「今はどうなんだよ」
「まだ眠い」
「おとなしく寝てろ」

 晃牙くんの大きな手がふとん越しに背中に触れる。その感触が暖かくて頼もしくて、まぶたがさらに重くなる。そういえばなんで彼は私が倒れたことを知っているのだろう。もしかして倒れたことを聞きつけてわざわざ保健室まで来てくれたの?そんなまさか。

 重たいまぶたをえい!と押し上げて晃牙くんを見上げて名前を呼ぶ。

「心配した?」

 私の一言に彼は舌打ちをひとつ鳴らして、そのままそっぽを向いてしまった。もう答えのようなものではないか。安心した私はひとつ息を吐いて、そして欲望赴くまま目をつむった。

「おやすみ」

 晃牙くんの声が聞こえた気がした。ひどく彼らしくない優しい声色で、寝不足の心に染み渡るように、それは私の心に確かに響いた。