DropFrame

大きい背中

 大丈夫ですからおろしてください!なんて悲鳴に近い私の願望も、それだけ声が出せれば心配いらねえな、なんてのんきな声に躱されてしまった。ひねってしまった足がしびれるように痛い。それ以上に人の視線が痛い。おんぶなんて恥ずかしいです、と消え入りそうな声で呟けば先輩はなんてことないように笑った。あまりに快活に笑うのでもしかしたら恥ずかしいことではないのかもしれない、なんて脳裏に過ぎったけれど、隣を歩く学生のぎょっとした顔を見てしまって私は思い直した。これはなかなかに、はずかしい。

 大道具の準備中にうっかり足をひねってしまった私は近くで作業をしていた鬼龍先輩に抱えられて今、保健室へと向かっている。周りの心配する声をかき分けるように颯爽と現れた先輩は逆光も相まってとても格好良かった。しかしまるで角材のように私を担ぎ上げた時には、先ほど見上げた格好よさは瓦解してしまい、申し訳ない話だけれどスカートの心配をしたし、周りの誰かの、ピンクだ、の声にああ見えてしまったと頭を抱えたくなった。「先輩!転校生さんは女性ッス!女性!」という鉄虎くんの狼狽した声に鬼龍先輩は抱えているのが私だということに気がついたようで「悪りぃな嬢ちゃん」と申し訳なさそうに言って私を降ろしてくれた。「おんぶならいいか?」と提案してくれた先輩に、担がれるよりは、と言葉を濁したのがそもそもの間違いだった。私は歩けば良かったのだ。

 急に跳ね上がった身体に驚いて慌てて先輩の背中にしがみつくと「声かければよかったな」と申し訳なさそうな声が聞こえた。そして抱えなおして丁度いい塩梅になったのか彼はまた大股で歩き出した。はずかしいけれど、いつもよりも数段高い視界というのはやはり新鮮で、先輩の肩口に頭を寄せれば人々のつむじがよく見えた。お世辞にも高いとは言えない私の身長では見ることのできない風景。先輩が歩くたびに揺れる髪の毛はさわさわと私の頬を撫で続ける。くすぐったくと少しだけ重心を右に寄せると、嬢ちゃん、と呆れるような先輩の声が聞こえた。

「痛いと思うが、もう少しじっとしてくれねえか」
「すいません……」

 隠れるように先輩の背中に額をつければ、あー、と歯切れの悪い声が聞こえた。額越しに先輩の音がする。

「もうすぐ着くからしばらく我慢してくれよ」
「すいません、ご迷惑おかけしてしまい」
「気にすんな……悪ぃな」
「何がですか?」
「俺じゃ悪目立ちしちまうだろ、他のやつに頼めば良かったな」

 先輩はイライラを吐き出すように舌を打って「気が利かねえからよ」と言葉を続けた。そしてまた担ぎ直す。今度は慌てて飛びつかないようにしっかりと先輩の肩を握った。浮いた身体はちゃんと先輩の大きな掌の上に収まった。確かにおんぶは目立つけれどそれは鬼龍先輩に限った話ではない。肩口に顔を出して「先輩だからはずかしいってわけじゃないですよ」と声を出すと、先輩はひどく驚いたように声をあげて横に数歩よろめいた。

「……嬢ちゃん」
「なんですか」
「耳元は」
「耳元は?」
「……なんでもねえ」

 先輩の足が気のせいか早くなる。追い越すつむじが景色が、少しだけ加速したので置いて行かれないようにしっかりと彼の背中に身を寄せた。先輩はまた一つ舌を打つので「怒ってますか?」と恐る恐る尋ねると「そうじゃねえけどよ」と困惑した声が聞こえた。

「嬢ちゃん」
「なんですか」
「あんま……その、こういうこと、簡単にすんなよ」
「足を捻ることですか?したいから捻ったわけでは」
「そうじゃねえ、けど……あー……なんだ、捻ったら俺を呼べ、いいな」

 また担いでやるから、他のやつに担がれるなよ。その言葉になんとなく言わんとしていることが伝わって少しだけ体を離すと「今更気を使われてもな」と呆れたような笑い声が聞こえた。

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