DropFrame

まだ冬はこない

 落ち葉を踏み抜く音が聞こえる。がさりがさりと、彼のズックに敷かれてしまった木の葉が音を立てる。ほかの1年生の子達よりも身長が随分と高い彼は、一歩の歩幅もとても大きい。
冬は憂鬱ッス。秋の名残を踏み潰すように彼は歩く。置いていかれないように小走りで追いかけると彼の歩調が僅かに緩んだ。ありがとう、と伝えると翠くんは横目でこちらを見下ろして、そのまま視線を遠くに投げる。
 気にしないでください。彼の呟きを交えた白い息は仄かに目の前を白く灯らせる。消え切る前に、寒い、と彼のぼやきがまた空気を曇らせた。まだ冬も来ていないのにこんなに寒がって、冬が来たらどうするのだろう。そんなに寒いのですか。私が笑うと翠くんは拗ねたように、寒くないんですか?と口を尖らせた。

「寒いけど、そこまで寒くないよ」

 そう言うと翠くんはおもむろに手を伸ばして私の頬に触れた。冷たい指先に首を縮めると翠くんは目を丸くしながら、先輩暖かいですね、と今度は掌で頬をさする。掌、指先、手の甲、そしてまた指先。擦り付けるように撫で付けるように何度も何度も往復する彼の手。くすぐったいより照れ恥ずかしくて顔を振るうと翠くんはとても残念そうに眉を下げて手を引いた。
 その指先があまりに名残惜しそうに尾を引くのでそんなに暖かかった?と自分の頬を両手で包んでみる。が、イマイチわからない。顔をこわばらせて両手を離すと、入れ違うように「暖かいですよ」と翠くんはまた手を伸ばして頬に触れる。しかも私の真似をするように、両手で挟み込んで。

「冬は寒いし嫌いですけど、俺、先輩がいたら頑張れるかもしれないっす」
「カイロ扱い?」
「別に先輩が俺をカイロ扱いしてもいいんですけど」

 翠くんは頬から手を離し、おもむろに片腕を広げる。人ひとりが入るのにおあつらえ向きなその空間に顔を顰めると、ちっ、と可愛らしい舌打ちが聞こえた。

「いいですよ、俺が勝手に暖まるんで、そしたら先輩も暖かいでしょう?」

 少しだけ冬が楽しみになってきたかも。希望を含ませて吐いた息は先程と同じように空気を濁らす。可愛い後輩の無邪気さに冬を楽しみに思ってしまった私と、小悪魔のような一面に冬を恐れる気持ちが胸の中でまぜこぜとなり、ため息として外に吐き出された。一様に白く濁る空気は喜びか、恐れか、それとも期待か。冬はまだ来ないから、答えを見つけるのは当分先でもいいかもしれない。

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