DropFrame

悪戯したがるハロウィンUNDEAD

「悪戯がしたい」

 私が思うに、ハロウィンというものはお菓子をねだることはあっても悪戯をねだるものではなかったように記憶している。なのにアドニスくんは真っすぐに私を見て再び言葉を吐いた。「悪戯が、したい」今度は先程よりも明瞭にしかしふざけている色など一切見せずにそう言うものだから、私は返事をするのも忘れて間の抜けた顔で彼を見上げた。

 ハロウィンで言う悪戯というのは本格的な悪戯ではなく、例えば後ろから大声で声をかけたりだとかいきなりくすぐったりだとか、そういう『驚きを含んだもの』だったように記憶している。アドニス君は私にそういう事をしたいのだろうか。だとすると申告した時点で悪戯はもう半分くらい失敗している気もする。また別の意味でも『悪戯』はあるものの、羽風先輩や朔間先輩ならいざ知れず、純粋な塊のような彼がそれを望んでいるとは考え辛い。

 私が訝し気に彼を見上げると、アドニス君は少し照れたように視線を逸らした。イエスともノーとも言わない私に彼は目を逸らしたまま「やはりだめだろうか」と言葉を紡ぐ。

「悪戯は、だめか」

 窺うように、慎重な彼の声が耳に届く。全く悪意のないその声色に困り果てた私はブレザーのポケットに手を突っ込んで指先をまさぐった。人差し指にビニールが触れる感触がして爪の先でひっかくと、丁度いい具合にころりと掌に収まってくれた。それを握りこんでポケットから拳を出しアドニス君に突き出すと、先程までそっぽを向いた彼の視線は私の拳に集まり、そして困ったように眉を寄せた。

「手を出して」

 私がそういうと彼は素直に両手を差し出す。私が彼の手の上に飴を転がすと、アドニスくんはさらに眉にしわを寄せて「お菓子」と残念そうに呟いた。

「これで勘弁してくれないかな」

 やはり悪戯というのは、相手があの邪気のないアドニス君であっても避けたいことだった。嫌がることは極力しない、弱いものは俺が守りたい彼であっても、力加減というものは得意ではなかったはず。ハロウィンパーティでひなたくんが言っていた「持ち上げてぐるぐる回す」なんてことを彼にされてしまったら、下手すると気を失いかねない。

「やはりだめか」

 そう呟く彼に私は頷く。悪戯はやはりちょっと、こわいよ。彼はそんな私の態度を見つめて「すまなかった」と一言詫びて長い指で小さな飴の袋を持ち上げる。包装紙の端を掴んで縦に一閃、切れ目を入れた。包装紙を押すと、くしゃり、との音とともに鮮やかな赤い飴玉が顔を出す。彼はそれを口内に含んで「甘い」と言った。そりゃそうだよ、だってイチゴ味だもの。

 彼が飴玉を転がすたびに口の端から漏れ出すイチゴの香りが辺りに漂った。「おいしい?」と私が問うとアドニスくんは黙って頷く。結局彼の願いは叶えられなかったけど、満足してくれたらそれでいい。彼の頬が交互に小さく膨らむたびにふわりと香るイチゴのかおり。ずっと嗅いでたら私も食べたくなってきてポケットをまたまさぐってみるが、残念ながらあれが最後の一つだったようだ。

 アドニスくんは飴を舐めながら「お前は言わないのか」と首を傾げた。確認のつもりで「トリックオアトリート?」と述べれば彼は一瞬不敵に笑って――手首を掴んだ。

 手首をひかれ腰を抱かれ、あっと思う頃には唇をふさがれ、むせ返るようなイチゴの甘美な香りと、アドニス君の舌の感触、転がる飴玉。いろいろな要素が土石流のように巻き起こり、私は目をつぶるのも忘れてただただ揺れる彼の長いまつげを見ていた。彼は唇を離す。残ったのは随分小さくなった飴玉と、甘い、イチゴの香り。
 呆然とする私に彼は腰を抱いたまま微笑んだ。

「望むのなら、両方を」

Return