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悪戯したがるハロウィンUNDEAD

 お前菓子持ってねえみたいだな、と晃牙くんは笑った。先程から何度もおせんべいやチョコや飴やたくさんのお菓子を出しているのにも関わらず今日の彼のお菓子基準は高いらしい。「一粒500円以下は駄菓子だ」なんて適当なことを言いながら彼はベッドに私を押し倒して「悪戯してほしいのかよ」と笑う。私は足をばたつかせながら「駄菓子はお菓子でしょう」と反論すると「駄菓子は英語ではトリートって言わねえんだよ」と眉に皺を寄せる。「お菓子だってトリートじゃないですけど」と私が言うと私の腕を押し付けてるその力は緩み「マジか……?」と彼は驚いたように私を見下ろした。「マジだよ」と教えてあげるといよいよ彼は私の腕から手を外して「じゃあなんだっていうんだよ」と呟いて上体を起こして座ってしまった。あれだけ押さえつけられていたのに私の手首に痕はないし痛くもない。よくわからないところで、彼は気遣い屋さんだ。

 彼に倣うように起き上がれば晃牙くんはポケットに入っていたスマートフォンを取り出して何やら操作している。どうやら私の話を受けてネットで調べているようだ。その横顔は険しい。

「ね?お菓子じゃないでしょう?そもそもお菓子をくれなきゃってのは意訳なので、駄菓子でもセーフです」

 不満そうに眉を寄せる晃牙君は適当なところに携帯を放り投げて「ンな細かいことはいいんだよ」と舌打ちをひとつ。どうやらクッションの上に落ちたらしい、ぼすん、と埋もれる音と、そして目の前を高速で駆けていくレオンの姿が見えた。軽快な足音の後にまた、ぼすん、と今度は先程よりも重量を含んだ埋もれる音が聞こえた。晃牙くんは慌てて立ち上がって「そうじゃねえよ!」と声を上げながらクッションの方へと駆けていく。不満げなレオンの声。うなる晃牙君の声。それが面白くてケラケラ笑っていると、どうやら携帯電話を取り返したらしい晃牙君は不満そうにこちらを睨んだ。

「レオン賢いから、持ってきてくれようとしたんだよ、ねえ?」

 取り返そうと躍起になって晃牙君の足に絡みつくレオンに話しかけると、彼は晃牙君の足の間をすり抜けてこちらめがけて飛んできてくれた。私の少し手前、ベッドに着地すると嬉しそうに一つ声を上げて私の太ももの上に乗り、その身ゆっくりとおろす。素肌に刺さる彼の冬毛がこそばゆくて笑いを零すと、「へらへらしやがって」と晃牙君の鋭い声が飛ぶ。

「晃牙君そんな悪戯したかったんだ」
「……うるせえなあ」
「あ、晃牙くん、トリックオアトリート!」
「ああ?!」

 私の声に彼は凄み唸りながら机の上に散らばっている袋菓子――しかも私が持ってきたもの――を投げてよこした。「駄菓子も菓子なんだろ」とふて腐れたように呟いて彼は私の隣に座りこむ。そしてそのままごく当たり前のように肩にもたれかかる。暖かな体温と肩にかかる重みに「拗ねてる?」と声をかければ「拗ねてねえよ」と彼はつぶやく。

「つうかおいレオンそこは俺様の席だ」

 晃牙くんが吠えるとレオンは耳を幾度か震わせて、ゆっくりと頭を動かし晃牙君を見つめた。そして立ち上がると素直に私の腿から退く。残った冬毛を払う前に晃牙くんが太ももに倒れこむものだから、彼は盛大にくしゃみを飛ばして、赤くなった鼻をすすった。「馬鹿だなあ」とあきれた声を漏らす私の前をレオンがゆったりと歩く。丁度晃牙くんの脇腹にたどり着いた彼は躊躇なく晃牙くんに飛び乗って短い後ろ脚をバタバタと動かす。ぐえ、とアイドルに似つかわしくない声と、嬉しそうなレオンの声が暖かい部屋の中に響く。大神家は今日も賑やかだ。微笑ましくて顔を緩ませていると「テメェ」と晃牙くんの声が下から響く。レオンに向けた言葉だと思っていたのにどうやらそれはこちらに向けた言葉だったらしい。彼の手が下から伸びて、ほほに鋭い痛みが走った。晃牙君が思い切りほっぺをつねっている。笑っただけなのになんて仕打ちだ!

「トリート」
「悪戯?」
「俺様は菓子をまだ貰ってねえからな?」

 持ってきたじゃん、と私が口を尖らせれば、「俺様はまだ食ってねえ」と屁理屈を並べる。レオンも嬉しそうに晃牙くんにぶら下がりながら尻尾をもったりを振っていた。

「今年はこれで許してやるけど、来年は覚悟しておけよ」

 なんの覚悟をしておけばいいのだろう。私の膝の上でレオンとじゃれあいだした晃牙君を見ながら思う。悪戯だといいたいのなら押し倒したときの手の震えとか、どうしていいかわからず目を泳がせる癖を解消してから言ってもらいたい。怒られるから、言わないけどさ。

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