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お菓子をあげたいハロウィンUNDEAD

 はいトリート。そういわれて手渡されたカップケーキの上にはジャックオランタンを模した可愛らしい厚紙が刺さっていた。パンプキンクリームがふんだんに乗ったその上にきらきらとしたアザランが光る。羽風先輩は紅芋だろうか、UNDEADを彷彿させるような紫色のカップケーキを片手に持っていて、彼はそれを私のカップケーキの隣にくっつけると一枚写真を撮った。外部のSNSに乗せるのだろうか、器用に片手でスマフォを操作していた先輩の横顔は晴れ晴れしい。

「もう今日でハロウィン終わっちゃうなんて寂しいね」
「そうですね」
「明日からはもうクリスマスに向けたディスプレイに変わっちゃうもんねえ」

 携帯の電源を落としてポケットの中に入れた先輩は両手でカップケーキの包みを半分剥いで口に入れる。彼が口にしたのを見て私もようやくカップケーキを一口かじった。前歯でケーキをひっかけると、ぼろりと口の中に大きなかけらが落ちる。確かにかぼちゃなのにお菓子のように甘い風味が口いっぱいに広がって、思わずを頬を緩めると「すごくおいしそうに食べるね」と先輩は笑った。

「だって、先輩。これとてもおいしい」
「はいはい、良かった連れてきて。最初断られたときはどうしようかなって思ったよ」
「先輩、誘拐犯みたいなこと言うから」

 下校途中の私を捕まえた先輩は「お菓子あげるから一緒に帰ろう」なんて誘拐犯のテンプレートのような誘い文句を言い放ったのだ。思わず口からこぼれた「誘拐犯ですか?」という言葉に彼は目を丸くして歯切れの悪い言葉を漏らしながら「ああー今のは言葉が確かに良くなかったね」と頭を掻いた。そして一枚私にチラシを手渡して「ここに一緒に行きませんか、お嬢さん」なんて気取ってウィンクを飛ばすものだから――しかもチラシに写ってるカップケーキが美味しそうだった――たまにはいいかな、と思ってついてきてしまったのである。
 軽率な行動に途中まで後悔はしていたものの、今ではついてきてよかったと思ってる。だってカップケーキはチラシ通りとてもおいしい。

「先輩なら悪戯したがると思ってました」
「そう?まあ可愛い後輩に悪戯をするのは嫌いじゃないよ」
「そうですか」
「そっけないなあ」

 今度は大口を開けてカップケーキを頬張ると、クリームの山がごろりと舌の上に転がった。かぼちゃの甘味が口内を駆け巡る。噛むたびにカップケーキのバターの甘さがかぼちゃと混ざり合って口の中で蕩ける。
 幸せに舌鼓をうっていると、先輩は目を丸くして私を見下ろして「もし俺がさ」と口火を切った。

「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞーって言ったら、君は何をくれるの?」
「……今の手持ちはこのカップケーキしかないです」
「へえ、珍しいね、準備してると思ったんだけど」
「準備してたのですが、皆に取られちゃって」

 ハロウィンに沸く後輩や同級生、先輩方、道行く人道行く人にお菓子を強請られた結果、巾着袋にパンパンに詰めていた飴玉はすぐに底をついてしまったのだ。私がそれを思い出して肩を落とすと、先輩は「プロデューサーは大人気だからね」と苦笑を浮かべた。

「でもそんな幸せそうに食べてるものを取りたくはないしなあ」
「明日にツケておいてください」
「ハロウィンのツケなんて聞いたことないけど、そうだ」

 先輩はおもむろに右手を私の顔に伸ばした。私が歩みを止めると彼も足を止めて、親指をほほにぐいと押し当てる。そのまま押し上げるように指先を頬に滑らせて笑った。彼の指先にはオレンジ色のクリーム。咄嗟に頬を抑えると、彼は笑いながら「もう付いてないよ」とそのまま指についたクリームを舐めとった。

「カップケーキ食べてると付くよね、うん、かぼちゃもおいしいね、来年はこれにしようかな」

 先輩はそう言いながら自分の紅芋カップケーキを頬張る。大口を開けて放り込んだからか、先輩の口の端にもぺたりと紫色のクリームが置いてきぼりになっていた。「先輩」と私が彼を呼ぶ。「どうしたの」と彼が私を見下ろす。背伸びをして素早く指先で彼のクリームをかすめ取ると、今度は私が笑みを浮かべた。

「じゃあ私も、トリートってことで」

 硬直する先輩を見て、もしかしてやり過ぎてしまったのか、と後悔が押し寄せた。考えてみれば私は一介のプロデューサーであって、アイドルと対等な、こんなことをしていい立場ではない。謝らなきゃ、と思い立ったそのとき、先輩は耐えきれないように笑いだして「ほんっと可愛いなあ」と紫色のクリームをついた指先を掴む。そしてそのまま羽風先輩は躊躇なくクリームを舐めとった。

「背伸びなんかしちゃって、本当に悪戯したくなるからほどほどにね?」

 そのまま先輩は私の頭を一度撫でて一つウィンクを投げて歩き始めた。呆然としていたが、ようやく状況を理解した私は恥ずかしさに息をのんで、それらを追い出すように何度も頭を振った。その間にも先輩はどんどん先に歩いて行ってしまっていたので、小走りで追いかける。「先輩待ってください」と声をかけても彼は止まらない。怒っているのだろうか。スピードを上げて彼に追いつこうとして……私は足を止めた。
 まるで夕日のように真っ赤に染められた彼の耳。もしかしたら暴いてはいけない顔をしているのかもしれない。残ったカップケーキを口の中に放り込んで私は彼の一歩後ろを歩く。「本当に格好付かないなあ」風に乗ってそんな言葉が、聞こえた気がした。

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