DropFrame

こちらが匠の仕上げた一品でございます

 その日はUNDEADのレッスンのために開けとけよ!と晃牙君に言われたのは一月も前で、大きなライブを終えて割と空いてる時期なのに変だな、とは思っていた。なによりUNDEADの面々はロックフェス、ハロウィンとライブが連なっていたすぐ後だ。「少しは休まないといけないんじゃない?」と提案する私の言葉に晃牙くんは苛立たしく唸り「いいから黙ってあけときやがれ」と乱暴に言葉を吐くばかり。
 頑なに忠告を聞かない彼に私はそうそうに白旗を上げて手帳に予定を書き込んだ。練習日も不定期な彼らだから、事前に集まる日が決まるようになって嬉しい。嬉しかったのに、やはり心のどこかで彼の強硬な態度が引っかかっていた。

 十月も半ばに差し掛かり色々なライブの準備で慌ただしくしていた頃、たまたま食堂で一緒になった晃牙くんに「十一月頭の練習なんだけど」と尋ねると彼は思い切りむせて、目の前にある水を一杯煽った。

「都合悪くなったのか?!」
「そうじゃなくて、なにをするのかなと思って」
「何をって……レッスンつってんだろ」

 当たり前のこと聞くなよな、と晃牙くんはまたラーメンを啜り出す。一口にレッスンと言っても例えばダンスの練習なら今までのライブの映像の準備をしたりだとか、演奏や歌などの練習なら人数分の楽譜の印刷だとか、ライブに関してのミーティングなら資料集めだとか、それなりに準備は必要なのだ。それを晃牙君は知っているはずなのに、レッスンをする、以上の情報を明け渡してくれない。機密性が高いのだろうか。なんだかもやもやする。

「その、準備とかあるから、何をするかの雰囲気だけでも教えてくれない?」
「準備はこっちでやっとくから身一つで来い」
「はあ……?」

 そう言って晃牙くんははたりと言葉を止めて「いややっぱ一度こっちの教室に寄れ」と呟く。ますます意味がわからない。眉を寄せると彼はわざと大きな音を立てて汁を掻き込んで「ごっそっさん」と一言、器を持って立ち上がってしまった。

 もしかしたら騙されているのかも、と思いアドニス君に聞いてみたら、彼は嬉しそうに微笑みながら「大神に一任してる」としか教えてくれない。そして「ちゃんと空けといてくれ」と彼もまた、念を押すのだ。そして念を押しつつ菓子やらパンやらを押し付ける。善意に染まったその瞳に断りきれずに受け取ると、彼は実直にこちらを見つめる。食べてくれ。彼の目がそう言っている。視線の強さに折れた私はそれを開いて口に頬張る。アドニスくんはそれを見て満足そうに笑った。
 そういえば最近やたらとアドニスくんに食べ物をもらっている気がする。餌付けなのかしら。本格的に体重がまずくなってきたからやめて欲しいのだけれど。
 そう思っても次の日もまた次の日も受け取ってその場で食べてしまった。体重計は、怖くて乗れない。

 いよいよハロウィンパーティが終わり、カレンダーを見てもうすぐ朔間先輩の誕生日だと気付く。そしてその日が丁度、彼の言ったレッスンの日だということにも遅れて気付いた。丁度良いのでレッスンの日に渡そうとコウモリ型のクッキーを買った。これならレッスン後のすきっ腹に嬉しい代物だろう。
 アイドルひとりに特別なものは渡せない。かと言って学生にはこれが精一杯の代物。普段買わないようなお店で買ったクッキーは高級そうな箱に包まれて、つんとおすましをしながら、私の手のひらの上に乗っかっていた。

 肌寒い風が街を席巻する11月2日。カバンの中にプレゼントを潜ませB組に駆け込んだ私を待っていたのは、持参したのだろう既に温まったコテを持った嵐ちゃんと、自慢げに鼻を鳴らす晃牙くん。そしてぶすりと頬をふくらませてこちらを睨みつける凛月くんの3人だった。凛月くんは私を見るや否やそうそうになにか小袋を投げつけて「渡しといて」と不愛想に吐き捨てると、早々に机に突っ伏してしまった。呆れ果てる晃牙くんをよそに、嵐ちゃんは嬉しそうにこちらへと手招きをする。

「腕がなるわァ」
「ゴメンなんのことだかさっぱりなんだけど……」
「いいからさっさと座れよ」

 晃牙くんが嵐ちゃんの目の前の椅子を引くと「やだもう紳士ー!」となぜか嵐ちゃんが嬉しそうに声を上げた。「うっせえハゲ!」と彼は一声吠えると私の手首を掴んで強引に座らせる。あらかじめ用意していたのであろうタオルを私の首に巻くと、嵐ちゃんは机の上に置いてあった霧吹きで髪の表面を濡らす。

「こういうの、友達同士でやるの憧れてたのよねェ」
「わっかんねえな」
「あら楽しいわよ?どう?一緒に」
「やるわけねえだろ!」

 そう二人が楽しげに談笑している間にも彼は私の髪を数ブロックに分けて仮止めをする。また霧吹きで髪を濡らして、指先で毛先を取り分けて器用にコテで巻いていく。
 これは動いたら危険だと、よく分からない状況でそれだけはわかった。嵐ちゃんは相変わらず嬉しそうだし、晃牙くんもなぜか得意げだし、一人だけ不機嫌に染め上げられた凛月くんだけがじろりと私を見つめて「俺の時はそこまでやらなかったのに」とぶつくさ文句をこぼす。俺のとき?knightsの練習時ってこと?大体練習に行くのにオシャレする必要って、なくない?

「はい出来上がり!」

 そんな風に考えを巡らせているうちに嵐ちゃんはテキパキと私の髪を巻き上げて自慢げに頬を緩めた。鏡に映る私は、いつもの平々凡々の女子高生ではなく、確かに少しだけ華やかに見えた。すごい、髪だけでこんなに変わるものなのか。鏡の中の自分をまじまじと見つめる私に嵐ちゃんは幾度か肩を叩いて椅子を回転させる。「二人とも見て見て!」私よりも嬉しそうに声を上げる嵐ちゃんの声に横に座っていた晃牙くんと凛月くんが顔を上げる。

「最高に可愛いわよォ」
「まあ及第点だな」
「俺の趣味じゃなーい」

 どんどんと貶められていく評価にひきつり笑顔を浮かべると「こら凛月ちゃん!」と嵐ちゃんが怒号を上げた。凛月くんは慣れてるらしく「はいはい可愛い可愛い」と心のこもってなさを丸裸にした言葉を吐き出して「なんで兄者のときだけ」と唇を尖らせる。が、晃牙くんがその言葉を遮るように大きな声を上げて「な、んでもねえよ!」と狼狽しながら舌打ちをした。いつもよりも挙動不審な彼に疑いの拍車がかかる。やっぱり今日のレッスンってなんかのドッキリなんじゃないの?でもドッキリだったら仕掛け人はもっといい人ーー例えば羽風先輩とか伏見くんだとかーーを選ぶ気もする。
 晃牙くんはカバンから二つの封筒を取り出して私に手渡した。一通は表にでかでかと書かれた「吸血鬼ヤローへ」と、朔間先輩に宛てたものだ。もう一通は無地の封筒。「お前宛だ」と彼は言う。言われるがまま開封しようとすると「軽音部室で開けてくれ」と彼は首を横に振った。

「今開けたらダメなの?」
「ダメだ」
「ふうん、じゃあ行こうよ」
「俺は行かねえ」
「は?」
「じゃなくて後で行く!行くから先に行ってろ!指示はその中に書いてあっから準備してろって!」

 そこで私は気がついてしまった。そうか、もしかしてこれは朔間先輩へのどっきりバースデーなのかもしれない。先に私が行って時間を稼ぐ。で後から晃牙くんたちがやってきてお祝いをする。きっとそうだ。そうに違いない。質問したときのまごつきもアドニスくんも執拗な念押しもこれで理解できる。なんだ言ってくれたら私だって手伝ったのに!水くさいなあもう!そんな気持ちを抱えつつも私は封筒をカバンの中にしまって彼に微笑んだ。

「わかった、晃牙くんの気持ちは確かに受け取ったよ、任せて!」
「……お前ってたまにびっくりするほどバカだよな」
「はあ?!」
「ほ、ほらそろそろ行かないとまずいんじゃないかしら?頑張ってね」

 慌てて私の背中を押して嵐ちゃんは私をB組から放り出した。振り返れば呆れ返ったような晃牙くんと、やはり不機嫌そうな凛月くん、そして晴れ晴れしい笑顔を浮かべた嵐ちゃんが皆様々に、私に手を振っていた。

「うまくやれよ」
「うん、わかった!」

 なんにせよ、私は彼らが来るまで足止めをしておけばいいのだ……多分。次第に駆け足になっていく歩調など気にもとめず、私は脇目も振らず軽音楽室を目指した。

 たどり着いた軽音楽室は真っ暗で、人の気配はしなかった。しないもののカーテンが締め切られているということは棺桶の中に朔間先輩は眠っているのだろう。大きな音を立てないように扉を閉めて蛍光灯を点ける。幾度か光は瞬き、じり、と音を立てながら部屋の中を光で満たした。今日はどうやら葵くんたちもいないみたいだ。鞄の中から2通の封筒を取り出して、その中から無地の、私宛の手紙を開く。

「……棺桶のそばの、笛を鳴らして起こしておけ?」

 確かに棺桶のそばには笛が置いてある。これは確か朔間先輩を起こす用の笛だったはずだ。もう起こしていいのかしら。てっきり飾り付けだとかそういうことをするかと思っていたので、なんだか肩透かしを食らった気分。しかし命令は命令だ。私は鞄を担ぎ直して笛を手に取る。吹き口に唇をつけて息を吐くと、素っ頓狂な音が部屋に鳴り響いた。慌てて口を離すと、真横の棺桶からごとり、と何かが動く音。そしてきしみを上げて棺桶の蓋が開きーー朔間先輩は眉に皺を寄せて「誰だ」と一言、聞いたこともない重低音で言葉を吐いた。

「……なんじゃ、嬢ちゃんか、どうしたそんな固まって」

 先ほどとは打って変わり、聞きなれた音程で話す彼を見て、私は思わずその場にへたり込んでしまった。朔間先輩は慌てて棺桶から飛び出て「大丈夫か?」と私の手首に指先を当てる。抑えられた血管。脈を測っているのだろうか。先輩は先ほどよりもさらに深く眉を寄せて「正常じゃの?ちょっと早いが」と呟く。

「朔間先輩のあんな声聞いたことなくて……」
「すまんのう、悪癖が未だに抜けんのじゃ、よしよし、怖がらせてすまんかった」

 じゃが床の上はばっちいぞ。彼はそう言って立ち上がり手を差し伸べてくれた。先輩の手を取って立ち上がると彼はそのまま私を適当な椅子に誘って座らせる。先輩はその隣の壁にもたれかかって部室を逡巡した。そして首を傾げ「今日は練習だと聞いておったが」と首を傾げる。そして「嬢ちゃんはなにか聞いておるかの?」と口にするので私は首を横に振った。嘘では、ない。

「そうか……そういえば嬢ちゃんは今日はおめかしさんじゃの」
「嵐ちゃん……えっと、鳴上くんにやってもらいまして」
「おおKnightsの。それはそれは」

 彼は手を伸ばして私の巻かれた髪に触れた。「ふわふわじゃのう」嬉しそうに顔を綻ばせて先輩は呟く。髪に触れているだけなはずなのに、なぜかとてもこそばゆくて私は顔をそらした。先輩は「怒らせてしまったか」と悪びれず笑い、ずっと私の髪を楽しそうに触る。
 朔間先輩に髪を遊ばれながら、もうそろそろ渡してもいい頃合いだろうか、と私はポケットから封筒を取り出した。先輩の手がぴたりと止まる。「手紙?」という訝しむ声にそれを手渡せば先輩は封筒をひっくり返し、そして嬉しそうに顔を綻ばせた。

「わんこからか」
「わかるんですね」
「わかるわかる、無粋な文字じゃ」

 それって悪口じゃ、と言おうとしたが、彼の無邪気な笑顔を見るとそれこそ無粋な気がして口を噤んだ。手紙と私を伺うように交互に見てきたので「読んでください」と伝えると彼は一層顔を明るくして封筒を開く。中身はどうやら厚手の便箋らしく、こちらから何が書いてあるのか、そもそもどのくらいの文章量が書いてあるのかわからない。わからないけど開いた瞬間朔間先輩は私を見て、口を押さえ吹き出して笑った。ふふっと漏れる声に「何が書いてあったんですか?」と尋ねると、彼はもう一度耐えきれないような笑みをこぼして「いやいや」と便箋をポケットにしまう。
 彼は嬉しそうに近寄ってぴったりと私の隣に寄り添った。本当に何が書いてあったのそれ。私が先輩を見上げると、彼は上機嫌に頬を緩ませて「嬢ちゃんや」とその場にしゃがみこむ。彼の手が私の太ももに添えられる。紅の瞳が穏やかに細められ「今日は我輩の誕生日じゃったようじゃ」と唇に弧を描く。

「すっかり忘れておったわい」
「あ、これ凛月くんからです」
「おお、凛月からも!して……」

 彼の瞳が妖しく輝く。「嬢ちゃんからは、ないのかのう」太ももに添えられた手に、ゆっくりと体重がかかる。痛くはない、でも私を押さえつけるのには十分な力だ。彼の長い指先が弄るようにスカートの襞を掴んで、握り込んだ。「あります」と正直に白状すれば先輩はやはり上機嫌にはにかみながら「欲しいのう」とねだるように声をあげた。

「……その、そんな上等なものじゃありませんが、クッキーです」

 カバンからクッキーを取り出して彼に手渡すと、先輩はそれと凛月くんのプレゼントを私のスカートの上に置く。目を丸くする私を立ち上がると同時に担ぎ上げて、「今年は豪勢なプレゼンとじゃのう」と嬉しそうに笑った。理解が追いつかない。どういう意味なの。というか晃牙くんたちの手紙には一体なんて書いてあったの。
 狼狽する私を彼は棺桶の中に丁寧に下ろした。「いきなり何するんですか?!」と声を荒らげる私など気にもとめずに彼も上履きを脱いで棺桶の中に足を入れる。そうか棺桶の中では靴を脱がなきゃいけないのか。こんなとんでも状況なのにそんなことに気がついてしまって、私は先輩に背を向けて上履きを脱いだ。それらを外に放ると後ろから腰を抱えられて思い切り引っ張られる。抵抗もできずに先輩に抱きしめられて、心臓が早鐘を鳴らす。朔間先輩は硬直する私の肩に頭を埋めて、やはり嬉しそうな笑いを零す。

「なんなんですか!」
「わんことアドニスくんからのプレゼントじゃよ」
「なにが」
「嬢ちゃんが」

 ぎゅうと抱きしめる力を強めて、まるでぬいぐるみを慈しむように彼は頬にすり寄った。そういうことか。絶対来いよ、も名言しなかった理由も、ドッキリとかではない。別れ際の馬鹿発言も頷ける。協力じゃない、これはただの。

「い、いけにえだ……!」
「そう言うでない、嬢ちゃんは嫌かえ?」
「……嫌じゃ、ないですけど、あ、あの!食用じゃないですよ?!」

 身の危険を感じて私が叫ぶようにそう声をあげると、先輩は「わかっておるよ」と笑い声をあげた。

「そこまではせんが……せめて用途通りには使うつもりじゃよ」
「用途……?」

 先輩の胸に私の背中がひっつく。彼の鼓動が直に聞こえて、どうしようもなく恥ずかしかった。朔間先輩は片腕を引っ込めて手紙を私の膝の上に落としてまた両腕で腰を抱きかかえる。「見てもいいですか?」と伝えると「いいぞ」と彼はまたくつくつ笑い声を漏らした。何がそんなに面白いのだろうか。先輩の熱に胸を高鳴らせながら、おそるおそる手紙を開いた。

『誕生日限定の抱き枕だ、ありがたく思えよ 晃牙
 感触は仕上げておいた アドニス』

 だきまくら、と私が呟くと先輩はまた笑いを漏らして「嬢ちゃんのことじゃよ」と言う。まさか抱き枕なんて揶揄されているとは思わなくて、胸の高鳴りも一気に冷めてしまった。そして解せないのは『感触』という単語だ。どういう意図でアドニスくんは書いたのだろう。書き間違い?何を伝えようとしたの?
 そこで朔間先輩が私を抱きしめているのではなく『脇腹の感触を楽しむよう』に腕を回していることに気がついた。そういえば最近はやたらとアドニスくんが食べ物をくれたように思える。感触……?なにかが繋がりそうな頭の中に、朔間先輩の笑みを含んだ「嬢ちゃんふわっふわじゃのう」という言葉が響いた。感触、ふわふわ、やたらと食べることを強要するアドニスくんの瞳。

「あいつら!!!」
「嬢ちゃんのプレゼントはクッキーじゃったか?一緒に食べようぞ」
「食べません!食べるわけないでしょう?!離してください!」
「嫌じゃよー折角用意してくれたんじゃから今夜は一緒にねるぞい」
「寝るわけないでしょう?!誰が抱き枕だ!」
「でも良い感触じゃよ」
「ふっざけないでください!乙女の脇腹をよくも!」

 先輩は力一杯私を抱き寄せ、耳元で囁く。「痩せたければ協力するが?」彼の右手は私の腰から首元へ伸びてリボンの端をつまむ。軽く引っ張ればいとも簡単にそれは解けて、先輩は私に見せつけるようにそれを眼前で落として見せて「嬢ちゃんの好きなだけ『運動の手伝い』をしてやっても良い」と、まるで誘惑する悪魔のように、言葉を口にした。
 降参した、とばかりに私は体重を先輩に預けるようにもたれかかった。朔間先輩は「意地悪しすぎたかのう」と苦笑を浮かべて、私の頭を幾度か撫でた。

 全く解せないけれど、彼らのことは一欠片でさえ許せそうにないけれども、今日の先輩の誕生日をこんなことで台無しにしてしまうのはなんとも勿体無い。少し体をずらして彼を見上げると、先輩は顔を綻ばせながら「それほど見た目は変わっておらんよ」と言って笑った。全くフォローになっていない言葉だけど、彼の笑顔を見ればなんだかもう、どうだってよくなってしまった。つられるように頬を緩めると、彼は一層に嬉しそうに笑顔を浮かべて私の頬を指先で撫でた。

「誕生日おめでとうございます、先輩」

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