曲が終わってしばらくも、私は息をすることを忘れてカメラ越しに先輩を見つめていた。先輩の荒い息と時計の秒針だけが部屋を満たす。まだ体に熱がうずいているようで生唾を飲み込むと、カメラに映った先輩はゆっくりと顔を上げて、じっとカメラを見つめた。
「いつまで撮ってんの」
瀬名先輩の言葉に慌てて録画を切ると「馬鹿だねえ」と彼が笑った。先ほど引っ掛けたタオルを取ると汗をぬぐいながら備え付けのパソコンの前へと覚束ない足取りで歩く。慌ててカメラからSDカードを抜き取ると私は小走りでパソコンへ向かいすぐにそれを差し込んだ。SDカードの中を数階層潜って先ほど録画したデータを開く。私の声と、4カウントの音が練習室に轟くと先輩は額に流れる汗を拭うのも忘れ、食い入るようにそれを見つめた。
邪魔しないように後ろに回ると、冷蔵庫から水を取り出して空のコップに注ぐ。画面を見つめる先輩の腕がこちらへと伸びてきたのでコップを手渡すと、彼は私の方など見ずに「ん」とだけ言ってそれを受け取った。
映像の中の瀬名先輩はいつもの練習よりも豪快に、のびのびと踊っているように見えた。画面の中の先輩がステップを踏みながら前へと歩み寄る。キュッと一際大きい床擦れの音を響かせながらターンを決めるその姿を見て「ダメだったか」と先輩が言葉を零す。「くまくんとかさくんが隣にいるから、これだけ大きく動くと邪魔になるんだよねえ」ため息とともに吐き出された言葉に「格好いいのに勿体ないですね」と私が零すと「knightsは俺だけじゃないから」と瀬名先輩はパソコンを操作しながらサビ前に動画を戻した。先ほどのターンの部分で停止して、画面に指を滑らせる。「ここ、俺の隣にくまくんがいて、次で間を抜けるようにかさくんが入る、その後この位置にくるから、こんな大きく動いたら邪魔になるんだよ」ついついと、彼の指が動く。瀬名先輩しか映っていないはずなのに、指の先には司くんがステップを踏んでいる姿が見えた気がした。その隣には真剣な面持ちで歌を歌っている凛月くん。瀬名先輩には皆見えているのだ。この切り取られた動画の中で、自分しか映っていない映像の中にも息衝いている仲間たちが見えているのだ。
先輩は何遍も何遍も同じ部分を繰り返し確認して、そして動画を閉じた。こちらに目線を向けて「もう一回」とだけ口にする。私はパソコンからカードを抜き出してカメラの元へと駆け寄るとそれを挿入した。「もうちょっと音量上げて」と先輩はパイプ椅子にタオルをかけながら指示を飛ばす。言われた通りボリュームを上げて、再度カメラの位置を確認する。
広い練習室に映る瀬名先輩。私にも他の皆の影が見えるだろうか。教えてもらったフォーメーションを頭に描きながらRECボタンを押すと、レンズの向こうの彼は顔を上げてこちらへと視線を投げた。
「アンタは、俺だけを見てればいいんだよ」
見透かされたような台詞に顔を上げると、先輩は一瞬笑みをこぼして、そしてポーズをとる。「どうぞ」と彼の声が響く。うるさいほどの心臓の音を聞きながら私はラジカセに手を伸ばした。
「流します」
4カウントとともに流れる音楽。大きな足の踏み出しとともに顔を上げた瀬名先輩の顔は、不敵に微笑んでいた。
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