午前の授業の終了を知らせるチャイムが鳴る。その音を合図に学業から解き放たれた生徒達は空腹を抱いてガーデンテラスへと足を伸ばした。響く歓声、どたばたとせわしない足音。
忍も例外ではなく廊下に流れるかぐわしい香りに誘われるように教室を飛び出した。1歩1歩進む度に濃くなる香り。これは揚げ物だろうか。期待と空腹で口内に唾液が溜まる。喉を鳴らしそれを飲み込むと、先程より少しだけ早足で忍は駆け出した。
彼が食堂へとたどり着いた頃にはガーデンテラスのテーブルはほぼ満席状態だった。賑やかに漏れる生徒達の熱気に足がすくんでしまうが、空腹が後退を許さない。切なくなる腹の音に、忍は一度腹をさすり、駆け足で券売機の列へと向かう。
「……仙石か」
券売機を待つ列の最後尾に忍が立つと、ちょうど彼の前に立っていた人影がゆっくりと振り返った。紫色の髪、チョコレート色の瞳。UNDEADの乙狩アドニスだ。忍は丸い瞳をぱちくりと瞬かせる。おとがりどの。おどおどとアドニスの名前を呼ぶと、アドニスは表情を緩め、昼食か、と呟いた。忍は彼の言葉に頷きで返す。
「そうか」
アドニスはそう呟いて前を向いてしまった。途切れた会話に相まってあたりの喧騒がやたらと大きく響く。一歩一歩進む列。券売機まではまだ遠い。
「お、乙狩殿は……なにをたべるでござるか?」
途切れた会話を繋げようと忍が声を上げると、アドニスは振り返り、ふむ、と顎を手で抑えた。独り言のように彼の口からメニューの名前がぽろりぽろりと零れる。唐揚げ定食、とんかつ定食、日替わり、ハンバーグ……。どれも重量級のメニューばかりだ。
「……俺はまだ迷っている、仙石はもう決めたのか」
「拙者も、まだ……」
うどん、そば。アドニスと同じように思い付くメニューを口にすると彼は目を丸めて、足りるのか?と首をかしげた。そして忍の体を値踏みするように上から下まで見つめて、顔を顰めた。
「仙石、肉を食わないと大きくなれないぞ」
「で、でも拙者定食はちょっと多くて、その、食べきれないでござるよ。乙狩殿は……食べられそうでござるな……?」
「むしろ足りないくらいだ」
「や、ヤベェでござる……」
一歩また列が動く。アドニスが少し横にずれて忍に目配せをする。忍が飛び出しアドニスの隣に立つと、彼は満足げに笑みをこぼした。
なんだか友達みたいでござる。心にこそばゆい暖かさがこみ上げて頬を緩めると、アドニスがぼそりと、とんかつ、と呟いた。
「とんかつにしよう」
「いいでござるな、拙者は……」
「仙石もとんかつにしないか?」
「え?だから拙者定食は」
「食べきれないなら俺が食べよう」
えっ、と言葉を漏らす忍にアドニスはゆるく笑う。笑いながら、そうしたら俺も丁度いい、と言葉を続けた。微笑む彼の横顔を見て忍はふいと顔をそらした。そして声を上擦らせながら小声でぼそりと呟く。
「なっなんだか、その、と、友達同士、みたいで、ござる、な?」
忍のその一言にアドニスがくすりとひとつ笑いを零す。そっぽを向いていた忍はその音を聞くやいなや、眉を寄せて振り返りアドニスを見上げた。
「お、乙狩殿!笑うなんてひどいでござるよ!」
「いや、すまない……そうだな、友達だ」
一歩、また列が進む。券売機はもう目の前だ。アドニスは足を踏み出しながら忍を見下ろす。ダメだろうか。柔らかい表情でそう言われてしまうと、首など横に触れるわけがない。
「だっダメじゃないでござるよ!拙者と、お、乙狩殿は、友達で、ござる……!」
もう券売機は目の前だ。アドニスは忍の返答に満足げに笑うと、トンカツ定食のボタンへと指を伸ばした。