DropFrame

飼育小屋


「そこ!そこでござるよ!乙狩殿!」
「こ、こっちか」
「惜しいでござる!そこ!そこ、あー!違う!そこ!」

麗らかな昼下がり。飼育小屋の前に二つの影。金網に細長くちぎったパンを差し込む大柄な男の名前は乙狩アドニス。その隣でわなわなと金網に差し込まれたパンと、それをつまもうとしているウサギを見つめる小さい影は、仙石忍。彼らの視線の中心に座する、柔らかく純白な毛に包まれたウサギは先程からアドニスが差し出すパンに鼻をひくつかせている。しかし、アドニスが少しばかりそれを動かすとうさぎは驚いたように穴の中へと引っ込んでしまう。先程から何十回も繰り返した失敗に、アドニスは鬱々としたため息を吐き出す。

「やはり俺は小さい生き物からは怖がられるのか……」
「そ、そんなことないでござるよ!ほらまた!」

穴蔵へ潜り込んだうさぎは、様子をうかがうように鼻先だけ外につきだしひくひくと辺りを窺っている。アドニスはそんな様子を見て、息を殺してまた金網にパンを差し出す。忍はそんなアドニスを見て、呟くように、動いちゃダメでござるよ、と囁いた。アドニスはうさぎから目線を外すことなく黙って頷く。

うさぎが穴蔵から出てくる。出てきた、と小さいながらも黄色い声をあげる忍と、顔をこわばらせてウサギを見つめるアドニス。震えるパン先、後ろ足を蹴って跳ねるようにこちらへとやってくるウサギ。

そして

「なあにやってんだよテメェら」

突然響いた晃牙の一声に、ウサギは踵を返して穴蔵へと帰っていってしまった。ぼとり、小屋の中にアドニスが持っていたパンの欠片が落ちる。逃げるウサギを見つめながら、忍は落胆のため息をこぼす。そして

「大神……」
「大神殿!ひっひどいでござるよ!あんまりでござる!」
「な、なんだよ別に俺様はなにもしてねえだろ!」

お前は、とアドニスは言葉をきり、目を伏せて飼育小屋を見つめる。穴蔵の奥底へと入ってしまったのだろう。もう彼らの気配は感じられない。

「で、なにしてたんだよお前らはそんなところで」
「忍者は軽々しく口を割らないでござるよ、ね?!」
「そうだ、すまないな大神。忍者は口が固い」
「いつからお前ら忍者になったんだよ」
「昔からでござるよ、にんにん」
「にんにん」
「うっるせえよ!」

忍の印を見つめながら見よう見まねで指を組むアドニスの耳に午後の授業を知らせる予鈴が響く。三人は予鈴の響いた方向へ目を向けて、そして空を仰ぎ見る。

「戻るか」
「拙者も教室へ戻るでござる」
「マジで何やってたんだよお前ら」
「秘密でござるよ」
「にんにん」
「ウッゼェ……」

ふと、アドニスが振り返るとそこには穴蔵から出てきたうさぎが臭いをかぎながら先ほどまで差し出していたパンを鼻先でつついていた。忍もアドニスの目線を追い、それをみて、よかったでござるな、と微笑む。アドニスもそんな忍に微笑みかけ、再度飼育小屋をふりかえり満足げに笑みを浮かべると、校舎の方へ歩き出した。