気がついたら真緒くんに抱きしめられていた。それは不慮の事故の類ではない、真緒くんの確かな意志のもと、私は抱きしめられていた。ごめんな。そう言葉は告げるものの真緒くんの手は緩まない。しっかりと腰元に回された腕は私を捉えるには十分すぎる力で、痛い、と身をよじらせても離してくれそうになかった。
彼のパーカーから花の匂いを感じる。柔軟剤だろうか。顔をうずめてみるとぴくりと彼の肩が跳ねた。柔らかい布におでこを擦り付けると、おまえなあ、との呆れる声。でもそんなこと言われる筋合いなんてない。だいたい先に抱きしめてきたのは真緒くんのほうじゃないか。
「何かあったの?」
「……秘密」
彼は私の肩を掴み強引に引き剥がすとじっと瞳を見つめた。真緒くんの丸い目に、私の姿がぼんやりと浮かぶ。男の子は格好つけたがりだって、言ってたのは誰だったっけ。弱みを見せたくないんだよ。そうだあれは凛月くんだ。最近さらに忙しくなった真緒くんのことを話したら凛月くんに言われたんだ。特にまーくんは格好つけたがりだから弱ってるとこなんて見せるくらいなら死んじゃうんじゃない?くすくすと笑いながら彼はそう言っていた。そんなの見せてくれたらいいのに。私にだって頼ってくれたっていいのに。凛月くんに唇を尖らせると、わかってないなあ、と彼は言った。格好つけさせてあげるのも彼女の仕事だよって。みないふりをするのも優しさだよって。
今の真緒くんもそうなのだろうか。格好つけたいのだろうか。彼の眉がいきなり寄り、真緒くんはいつも聞かないような低い声音で、
「誰のこと考えてた?」
と聞いてきた。私は何も考えずに凛月くんと、と名前を出すと、真緒くんは苛立ったように、はあ?と言葉を吐く。吐いて、彼は一歩こちらへ踏み出す。私の右足と左足の真ん中に自分の足を差し込む。肩に添えられていた左手は腰に回り、もう片方の手は顎に添えられる。真剣な表情なのに、どこかちぐはぐなのは、彼の目が泳いでいるからだろう。
「他の男の名前だすんじゃねえよ」
震えた右手は拙く私の口を開いて、彼は一つキスをする。いつもより格好つけたがりな真緒くんは、強引で、少し臆病で、それでもやはり、格好良かった。