一つ年下なんて嘘と思うくらい彼は大人びた顔をして、キスしていいですか、と言った。それもなにかそういうムードがあったわけでもなく、唐突に。詳しく言うなら帰り道、たまたま出会って他愛もない話が尽きたタイミングで急に彼の口から飛び出した。
きす、と私が彼の言葉をなぞる。なんだか私が言うと滑稽に響く。キスです。いつも消極的な彼が少しだけ強気にそう言い放った。そして、やっぱり俺じゃ嫌ですか、と言葉を続けるので、ああいつもの翠くんだ、と私は安心してしまった。
「何笑ってるんですか」
「だってなんか、急に変なこと言い出すから」
「変なことって先輩本気で受け取ってないでしょう」
また彼が、普段見せないような表情で私を射抜く。頭一つ分大きい彼が私を見下ろしながら言葉を繰り返す。先輩、ダメですか。ダメってなにが。キスです。きす……?わかってるんでしょう?
ごつんと額と額がぶつかる音がした。私の知らない彼がそこには立っていた。きす。また間抜けに繰り返した言葉は最後まで紡がれることはない。
「ダメでしたか」
事後承諾って、ずるいと、思う。