音もない夜を歩いていた。いつもの喧騒も、真昼の太陽もまるでどこかに置き忘れてきたかのような、まっさらで静かな、音もない夜を歩いていた。シャッターの降りたこの道も数時間後には人が賑わう繁華街となる。まるで別世界に迷い混んだようだ。それでも私が平然と歩けているのは、頼もしい背中が見えているからに他ならない。
翠くんは時たまエナメルバックを担ぎ直して、そのついでに私の姿を確かめる。先輩ついてきてますか。心配そうに揺れる彼の瞳を見返しながら、大丈夫だよ、と告げると、安心したように彼の顔がほんのりと綻ぶ。
「なんだか知らないとこに来たみたい」
「そうスか……?まあ見慣れてないとそうなのかも」
翠くんはそう言うと歩みを止めて回りをぐるりと見渡し、そして私の方へと視線を向ける。穏やかなその視線を見返すと、彼は少し恥ずかしそうに顔を背けて、歩き始めた。
「なんだか、世界に二人だけみたいだ」
本当に小さな、小さな翠くんの声が私の耳まで届いたのは、きっとここには静寂しかないからかもしれない。湛える静かな空気に混じる彼のそんな一言を心のなかで反復しながら、夜の町からはぐれないよう私も足を動かす。
「翠くんと一緒なら怖くないよ」
風の音に掻き消される程の声量で呟いた声は届いたのだろうか。真っ赤に染まる横顔を眺めながら、私は顔を綻ばせた。