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冷え性

 昼間の暑さを忘れたように、風はしれっと涼しい空気を運んでくる。太陽が落ちた街に吹く風は、熱せられるものがいないからかとても夏とは思えないような温度で駆け抜ける。あらかじめ鞄に準備しておいた薄手の長袖を羽織ると、アドニスくんは目を丸くして、夏なのに長袖なのか、と呟いた。確かに夏なのに長袖とは滑稽な話に思える。それでもこの寒暖差にはこのくらいの上着がちょうどいいのだ。

「風邪でも引いたのか?」
「いや、ちょっと寒いなって」
「寒い?夏なのにか?」
「うん、なんというか風が冷たい」

 アドニスくんは不思議そうに私を見下ろして、冷たい?と首をかしげた。同じ空間で同じ格好をしているのに確かに不思議な話だよな。アドニスくんは健康的に半袖から素肌を出して、それでも平然と歩いている。普段鍛えているか鍛えていないかの違いなのかもしれない。一段と大きい風が吹いて、私は身を軽く震わせた。アドニスくんは心底驚いたように、寒いんだな、と呟く。

「上着を持っていれば俺の上着も貸せたのだが」
「いや二枚はさすがに暑い」
「二枚は暑いのか」
「うん」
「わからない……」

 彼は困ったように眉を下げてため息を吐く。無理に分かる必要はないよ、と私は笑う。根本から彼と私は体の鍛え方が違うのだ。そこに彼が気にやむ必要はない。しかしアドニスくんは私の言葉に深刻そうに顔を顰めて首を振った。

「お前が大切だから、お前を守りたいから理解したい。教えてくれ、俺には何ができる
 ーーどうした?顔が赤いが……もしかして暑くなったのか?上着を脱ぐか?」

 アドニスくんが矢継ぎ早に言葉を続けるので、私は知らない!と声をあげて歩くリズムをほんの少しあげた。なぜ怒る。アドニスくんの声が足音が後方から聞こえる。せっかくきた上着を脱いで鞄に突っ込みながら、私はまた歩く速度を速めた。どうやら太陽はまだここに残っていたらしい。恥ずかしさで顔が熱くなってきているのを感じながら、私は小走りで街を駆け抜けた。