DropFrame

番狼

 太陽が落ちる夕暮れ時。ぽつりぽつりと消えていく灯のなかで、なかなか消えない灯が一室。そういえばあいつの教室だったか、と考えが浮かんでしまった瞬間に足はそちらへ向かっていた。そもそもあいつじゃないかもしれないし、ただの消し忘れの可能性もある。うんうんと頭の中で考えが混線する一方で、歩くベクトルは迷わず2のAへと向かっていた。物音一つしない二年生の廊下を歩くと、やはり煌々と光を放つ教室が一室。音を立てないように教室のドアをそろり開けると、ああやはり、予想通り彼女は一人、教室にいた。

「なにやってんだよ」

 彼女だけだとわかると遠慮は無用だ。晃牙は乱暴にドアを開けて教室へと踏み入れるが、彼女はピクリとも動かない。泣いてんのか、なんて予感が頭によぎるが、規則的に聞こえる寝息にその考えはかき消されてしまう。なんだ寝てんのかよ。晃牙は彼女の元へと歩み寄って、その様子を窺う。下に引いているのは日誌だろうか。彼女の丸い文字が規則正しく並んでいる。
 ふと、心の奥底に眠っていた悪戯心がむくむくと沸き起こり、彼女の寝ている頬をめがけて晃牙は人差し指を滑らす。穏やかだった寝息は不機嫌そうに一度唸り、しばらく不機嫌そうに音を震わせたあと、また穏やかなそれに戻る。よく眠ってんな。そう呟きながら再度彼女の頬に指を沈める。唸る。離す。沈める。唸る。離す……。ひとしきり満足いくまで彼女の頬で遊んだあと、晃牙は近くの椅子を引き寄せて腰を下ろした。居眠りこくまで疲れてんじゃねえよ。そう呟きながら自らのブレザーを脱ぎ、彼女の肩にかけてやる。

「しょうがねえから、てめえが起きるまで悪い虫がつかないように見張ってやるから、感謝しておけよ」

 彼女の頭をひと撫ですると、彼女は言葉にならない音をこぼしながら、幸せそうに笑みを浮かべた。彼女が今どんな夢を見て何を思って笑っているのか、それは晃牙にはわからない。そして同様に、人知れずの彼の優しさは、彼女にはわからないのだ。

 小さな秘密を抱えながら二人は昼と夜の逢瀬に沈む。窓から見える空は茜色から藍色へと移り変わる魔法のような色彩を映し出し、夜の訪れを世界に告げていた。