「にしてもこいつの誕生日だからって安易過ぎだろ」
肉とニンニクの食欲をそそる香りがあたりを包む。美味しそうな湯気は私たち3人の間を遊ぶようにくるりと巡る。トングを鳴らす大神くんは私と焼かれている肉を眺めて、単純、と口にした。私は確かに単純だったかも、と網に生肉を並べながら思う。
8月29日。今日はアドニスくんの誕生日だ。誕生日プレゼントだとかサプライズもいろいろ考えたけど、焼肉パーティが一番しっくり来たのだ。
「だめだったかな?」
「だめじゃない、嬉しい」
私の問いに柔和な笑みを浮かべて、アドニスくんはそう答えてくれた。肉は好きだ。彼は言葉を続けて程よく焼けたお肉をひっくり返す。あみに残った肉の油がぱちぱちと弾ける。肉は良い。アドニスくんが呟く。まあ悪くはねえな。大神くんも同調しながら自分の手前のお肉をひっくり返した。
「焼けたぞ」
「サンキュ」
アドニスくんが程よく焼けたお肉をトングでつまみ上げた。ごく当たり前のように大神くんの目の前に突き出し、彼も当たり前にそれを受け取る。焼きたてのお肉をタレの海に潜らせて大神くんは大きく口を開けて、アドニスくんはまた焼けきっていないお肉の世話に戻る。
空いているスペースでキャベツを焼きながら私はその光景を見つめた。確かに3人で焼肉を食べる時によく見る光景だ。しかし今日は普通の日ではない。キャベツを転がしながら、まって、と言うと大神くんはお肉を咀嚼しながら、なんだよ、と口を尖らせた。
「誕生日なのにアドニスくんに焼かせるのおかしくない?」
「確かにな」
「気にしないでくれ」
アドニスくんはそういうがやはり今日の主役は彼自身だ。焼けて柔らかくなったキャベツを彼のお皿に放りこむと、すかさず大神くんがお肉をアドニスくんのお皿に入れた。
「ほらよ」
香ばしいを通り越して炭臭い匂いを纏ったお肉はところどころ焦げ付いていた。思わず私の口から漏れた、焦げてる、の言葉に大神くんは、ああ?!と牙をむく。
「いや、嬉しい。ありがとう大神」
しかしアドニスくんはほほ笑みを浮かべて焦げついたお肉をキャベツで包み口に放り込む。私が、これもどうぞ、とお肉を彼のお皿に入れると、今度は大神くんが、まだ赤いじゃねえか、とせせら笑った。確かに言われてみればまだ焼きが甘い気がする。しかしアドニスくんはこれも口にして、美味しい、と言ってくれた。咀嚼を続けるアドニスくんの表情は柔らかい。その笑顔を見るだけで心が温まり、私と大神くんは顔を見合わせて破顔した。
それからというもの生肉を並べては私たちはアドニスくんのお皿に、時たま自分たちのお皿に焼けたお肉を入れ続けた。アドニスくんの絶妙な焼き加減からは程遠いものなのにも関わらず彼は嬉しそうにお肉を食み続ける。大皿がちょうど空っぽになりそうな頃、アドニスくんが焼きすぎたお肉を口に入れて、ふふふ、と笑い始めた。
「なんだよ笑い出して」
「美味しくなさすぎた?」
笑いを漏らすアドニスくんに私と大神くんは声をかける。アドニスくんは、いや、と言葉を切りお肉を飲み込む。そして私と大神くんを順に見て、にっこりと微笑んだ。
「二人に祝ってもらって嬉しいんだ」
ありがとう。そう深々下げる頭を見て、私と大神くんはまた顔を見合わせた。お祝いをする側なのに、アドニスくんに沢山いろんなものをもらっている気がする。
アドニスくんは顔を上げて照れくさそうに笑い、俺は幸せ者だな、とぽつりと呟く。純粋で真っ直ぐなその言葉に、私の心は大きく揺れた。
「おらどんどん食え!遠慮すんな!」
どうやらそれは大神くんも一緒だったようで、彼は勢いよくトングを持つと焼けている肉を有無も言わさずアドニスくんのお皿に投げ入れる。
「店員さんー!上カルビ追加で!」
私の叫ぶような声に、店員さんが元気よく、はあい!と声を上げた。