俺は女の子が好きだから、という言葉に、なるほど、とも思ったし同時に安心もした。「女の子」という肩書きで底上げされた好意なんて真正面から受け止める必要もないし、それに「そばにいるだけでテンションが上がる」なんてそんな簡単にモチベーションが上がってくれるなら願ったり叶ったりだ。
多少苦手意識があるものの、彼の「女の子フィルター」を通して見られるのは悪くないと思っていた。その分厚い、盲目と言える網を通してどうかずっと見ていてほしい。その他大勢の女の子として、彼の中に息衝いていきたい。
そう思っていたのに。
ファンの子からお菓子を貰ったからお茶しよう、なんて羽風先輩は道行く私を呼び止めた。秋が香るこの季節は暑くもなく涼しくもなく外で過ごすにはうってつけの気候だ。先生に渡す書類を抱えた私は微笑んで彼をいなそうとしたがどうやら先輩のほうが上手だったようで、彼は早々に近くにあったベンチに腰掛けるとじっと私のほうを見つめて「ほら早く」と笑った。笑ってはいるものの、その眼光は鋭く、逃すまいと私を捉えている。そんな視線に負けじと笑顔を浮かべながら「先生から頼まれごとをしているので」と伝えるも「あとでいいでしょ」なんて一蹴されてしまう。そう言われては仕方ないと私が彼の隣、拳を二つ分ほどあけて座ると、先輩は何食わぬ顔でずいとこちらに寄ってきて嬉しそうに「食べよう?」と眉根を下げる。ふいと視線をそらすと、隣からからからと笑い声が聞こえた。
「大丈夫だって毒は入ってないし、多分」
「多分」
「だって俺も食べてないし」
「入ってたらどうするんですか?」
「無理心中に見えるかな、君と一緒ならそれでも悪くないかも」
なんてね、とイタズラに笑う先輩はその長い指でリボンを解く。百貨店で良く見る包み紙に包まれたお菓子は、決して安いものではないと私でもわかる。おこぼれを貰うべきではない、やっぱりちゃんと断ろうと羽風先輩を見ると、彼は膝の上で包み紙を広げて箱に入った上品なお菓子をつまみ上げたところだった。羽風先輩はきょとんとした顔で私のほうを見て「やっぱり嫌?」と尋ねる。やっぱり嫌?食べることがだろうか。首をかしげると先輩はお菓子と私を交互に見つめてまた口を開く。
「もしかして妬いてる?」
「妬いて……?おめでたい頭をしてますね?」
「あのねえ、一応俺先輩なんだけど」
先輩はお菓子を持っていないほうの手で私の眉間をつつくと、シワ、とだけ言った。どうやら険しい顔をしていたらしい。自分の指先で眉間を抑えると、彼は笑いながらお菓子を口に放り込んだ。チョコレートが小気味の良い音を立てて割れる。ぱりぽりと、彼の口の中で弾ける音がする。
「鬼のような形相してたから」
「うわあ先輩女の子を鬼とか言うんですか?」
「普通の女の子にはしないよ」
先輩は箱を掴むと私に差し出してきた。「毒は入ってないみたい」そう言って彼は笑う。観念してひとつ摘み上げると、一口大のチョコレートは太陽にかざされてきらりと光った。
「それって私が普通じゃないみたい」
「君が普通じゃないというか、俺にとっての君が普通じゃないというか」
「恋する女の子みたいなこと言いますね?」
「うんだって君のこと好きだし」
「女の子だからでしょう?」
チョコレートを口の中に放りこむと、舌の熱でどろりと溶ける。彼と同じように噛み砕いてみると、乾いた音と共にナッツの香ばしい香りが鼻を抜けた。
かりこり、と音がなる。先輩は私の言葉を聞き届けると、「うん」とだけつぶやいてもう一つチョコレートをつまみ上げて口に入れる。
「じゃあ今はそれでもいいかな。女の子だから、好きだよ」
彼の長い睫毛がゆっくりと揺れる。見たこともない柔らかい笑みに私は思わず目をそらしてしまう。小さくなったチョコレートが口内を甘味で染め上げる。
その睫毛の奥の瞳には私はどういう立ち位置で写っているのだろうか。今でも「女の子」の踏み台の上に立ってますか?その他大勢の女の子にカテゴライズされてますか?
「意識してもいいよ」
からからと笑う声を聞きながら死ぬほど甘い唾を飲み込んだ。