懐かしい歌だった。記憶を辿っても明確な答えは出ないけれども、それでも心の奥底に眠っている、懐かしい旋律だった。まどろみのなかその音の正体を探ろうと手を伸ばす。すると音はやみ、手は何か温かいものに絡め取られてしまった。閉じていた目をゆっくりと開ける。そこには真っ赤に焼けた教室とーーなぜか嬉しそうに微笑む羽風先輩がいた。
「せんぱい?」
「起きた?おはよう」
どうやら「何か暖かい」正体は先輩の手だったらしい。私の指先はなぜか羽風先輩の指の間にあって、彼は嬉しそうに握ったり緩めたりを繰り返している。おはようございます、よりも先に口から飛び出した、セクハラ、の四文字に彼は憮然と唇を尖らせた。
「言っておくけど、先に手を伸ばしたのは君の方だからね」
「……なんとなく覚えがあって言い返せないです」
「そうでしょうとも、いやあ君から近づいてくるなんてラッキーと思ったけどすぐ起きちゃうんだもん」
かわいい語尾をつけて、彼は私の手のひらを握り遊ぶ。釈然としなくて頬を膨らませたが、彼はどこ吹く風。マイペースに鼻歌を歌いながら握っては離しを繰り返している。文句の一つでも言ってやろうかとも思ったのだが、その鼻歌になんとなく聞き覚えがあって、ふてくされた気持ちを押しとどめて耳をすませる。
それは懐かしくて、どこか暖かくて。そういえば夢のなかでもきいたような気がする。身体に染み付いている旋律に記憶の糸をたどっていると、羽風先輩は私を見て微笑みを湛えた。
「子守歌だよ、定番のだけどね」
「子守歌」
「いい夢見れるかな、と思って」
羽風先輩は鼻歌を続ける。メロディーをなぞるだけの簡素なものなのに、心の奥底がじんわりと暖かくなる。胸中に浮かぶ歌詞をなぞれば、羽風先輩は私の速度に合わせてメロディーを緩める。ぽつりぽつり、歩くような速度で紡がれる子守歌はたおやかに教室へと響いた。
ちょうどメロディーが途切れた所で先輩は私の手のひらを握りしめた。たまにはいいでしょ。彼は笑う。抱いていた不満はどうやら子守歌で眠ってしまったらしい。素直に頷く私に羽風先輩はまた笑って子守歌を口ずさみ出した。