始まりの合図は朝の目覚まし音。小鳥のさえずりにしたのは同居人の趣味。まだ覚醒前の体を無理やり起こして布団を抜け出すと、隣でもぞもぞと動く音。金色の髪が穏やかにうごめく。そっとそれを撫でて、朝ですよ、と伝えると彼は長い睫毛を揺らして、ゆっくりと目を開けるのだ。
「おはようございます、薫さん」
「ん、おはよう」
覚束ない言葉で挨拶を呟いて、薫さんはまた夢の中に戻ろうと枕を掴む。彼の昨日の帰りが深夜だったことを思い出し、できるだけ静かに部屋を出て行こうとすると、布団の中からくぐもった、待って、の声。ドアノブに伸びた手を引っ込めて振り向くと、布団がもぞもぞと動いている。薫さん?と私が問うと、ううん、と言葉にもならない音をつぶやきながら、薫さんは布団からひょっこりと顔を出した。それはテレビで見ている姿だとか、学生時代によく見ていた格好つけた彼とは程遠い寝起きの顔で、思わず笑みをこぼしてしまう。彼は寝ぼけ眼で手招きをする。うつらうつらと薫さんの頭が揺れる。来た道を戻りベッドの中へ潜り込むと、布団の中から薫さんの腕が伸びる。
「もうちょっと寝てよう、本当に眠い」
「寝てていいですよ、私は起きます」
「つれないなあ、きみももうちょっとすいみんとったほうがいいんじゃなあううん」
拙い言葉が耳に届く。尻切れトンボの言葉は大きなアクビにかき消され、薫さんはぎゅうぎゅうと私を抱きしめた。暖かい。彼が呟く。そしてまたアクビをひとつ。その顔を見て私も感染したようにアクビをひとつ漏らす。穏やかな眠気が波のように襲ってくる。まぶたが次第に重くなる。かおるさん。私が呟いた言葉に薫さんは、なあに、と嬉しそうに呟く。本当に寝ちゃいそうなんで離してください。私がそう言うと、彼はとても嬉しそうに言った。やあだ。
五分スヌーズの小鳥のさえずりが鳴り響く。彼が私を抱きしめるたび、私が身じろぐたび、シーツががさごとと音を立てる。朝の音に耳をすませながら薫さんの柔らかな体温に漂う。夢の世界に落ちる前に、重いまぶたをこじ開けて薫さんを見上げた。彼はとても幸せそうな笑みを浮かべて、すうすうと規則正しい寝息を立てている。私しか見れない顔。私しか知らない羽風薫。
カーテンから漏れる陽光から逃げるように薫さんの胸に頭をくっつけて目を閉じた。まどろみの世界で体温が溶け合うのを感じながら、私も本能の赴くまま、夢の世界へと落ちていく。