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頑張る君へ

「ほらよ、これ差し入れ」

 机の上に紙コップが置かれる。寝ぼけた頭で嗅いでみると、花の柔らかい香りが鼻腔をくすぐった。真緒くんはそんな私を笑い、犬かよ、と言って隣の席に座る。湯気が燻るコップは何が入っているのだろうか。重たいまぶたをしぱしぱと瞬かせると、ねてもいいんだぞ、と優しい声。頭を振ると真緒くんは笑い、頑張り過ぎるなよ、と頭を優しく撫でてくれた。

「倒れられたら困るからなあ」
「真緒くん、これ、なに?」
「紅茶、ちょっとはリラックスできるだろ、インスタントで悪いけど」

 凛月のやつは美味しく淹れんだよ。真緒くんの言葉にぼんやりと凛月くんのシルエットを思い出す。そういえば彼は紅茶部か。たまにお茶会にお呼ばれするが確かに紅茶部と冠するだけあって、出されるお茶はとても美味しかった気がする。のろのろとコップを掴んで紅茶を口にすると、甘い芳香が口いっぱいに広がった。思わず口角が緩んでしまう。おいしい。そう呟くと真緒くんは笑って、それなら良かった、と机に肘をつく。

「頑張りすぎんなよ、あんまり」
「うん」
「俺もいるから、いつでも頼ってくれよ……頼りないかもしれないけど」
「そんなことないよ、真緒くんがいてくれるから頑張れるんだよ」

 ふふふ、と笑うと彼は困ったように頭をかいて、まいったなあ、と呟いた。しかしその言葉は全然まいったように聞こえなくてわたしはまた笑みを零す。そしてまた紅茶で口を潤す。花の香り、次いで紅茶の苦味。そしてまた花の香りが戻って来る。一口一口大切に口にする。インスタントの筈なのに、紅茶部で飲んだそれよりも格別においしい気がした。

「なんかとってもおいしい気がする」
「別に特別なもんも入れてないけどなあ」
「真緒くんが淹れてくれたからかな」

 ぽつりと呟いた言葉に真緒くんは驚いたように目を丸めて、そして笑みをこぼした。嬉しいこと言ってくれんな。そう言いながらわたしの頭を撫で回す。

「終わるまで待っててやるから、無理せずやれよ」
「うん」

 紅茶を最後の一滴まで飲み干して大きく伸びをする。あと少し、あと少し頑張ろう。隣で微笑み湛える彼の顔を見ながら、小さくそう決意する。花の香りが舞うこの空間ならもう少し、頑張れそうな気がした。