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**注意書き
*赤ずきんパロです
*朔間零 →森に住んでるおじいちゃん(出てこない)
*羽風薫 →森の猟師さん(出てこない)
*大神晃牙 →森に住んでる狼男
*乙狩アドニス→森に住んでる狼男
*転校生 →町に住んでる赤ずきん
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かつんかつんと足音が踊る。持っているバスケットががさごそと音を立てる。入っているのはお手製のジャムと焼きたてのパン。どちらも母親に手伝ってもらいながらも自分で作ったものだ。少しだけ形はいびつだけれど、味にはほんの少し自信があった。だから、誰かに食べてもらいたかった。そう考えたら頭に浮かぶのは一人しかおらず、赤ずきんはまだ暖かなパンをひっつかんで家を飛び出したのだ。
森の入り口に行くと、大きなあくびを漏らす晃牙と出会った。木々がまだまばらにしか生えていないここで出会うのは非常に稀で、驚き目を丸めていると、いい匂いがする、と挨拶の前に彼は鼻をひくつかせた。
「何持ってんだよ」
「パンだけど、ほしい?」
「いらねえって言うならもらってやらなくもねえ」
「じゃああげない」
「いる」
「意地悪言う人にはあげません」
「ああ?!」
大きな牙をむき出して吠える晃牙に、赤ずきんは怯まない。大きな目で彼女は晃牙を睨みつけると、素直じゃないんだから、と言葉を吐き捨てる。晃牙が文句を言う前に彼女のミュールに柔らかな衝撃が落ちた。なんだと思い目線を下へと向けると、まるで友人の非礼を詫びるようにレオンが両足をミュールに乗せながら赤ずきんにすり寄っているではないか。赤ずきんは腰を下ろしてその心優しい友人を撫でてやる。
「レオンは偉いね、晃牙くんとは大違い、パン食べる?」
「ワン!」
レオンにまだ暖かなパンを分けてやると、彼は嬉しそうにそれを地面に転がし啄ばみ始めた。赤ずきんはかがんだままバスケットを弄り、まだ暖かいパンを晃牙にも差し出す。
「はい、次からちゃんとほしいって言うんだよ、素直に」
「っせーな……」
晃牙は乱暴にそれを受け取ると大きなその口でパンを頬張った。悪くねえ、と彼は言い、そして赤ずきんが進んでいた方向とは少し外れた、左の道を指差す。
「アドニスの野郎は湖の方にいる」
「わ、本当?教えてくれてありがと」
「パンの礼だ、ありがたく思いやがれ」
尊大な態度でそうは言うものの、彼の柔らかな尻尾は嬉しそうに上下を繰り返していた。赤ずきんがじいとそちらを見ると、晃牙は恥ずかしそうに、早く行けよ、と言葉を吐き捨てた。素直じゃないけど素直な友人に礼を言い、赤ずきんは湖の方へと足を進める。バスケットにはまだパンが幾つか残っている。二人でお茶をするには、十分すぎるくらいに。
* * *
湖の澄んだ香りが鼻腔をくすぐる。深い森とはまた違う冷たい風が木々の隙間から吹き抜ける。木の葉から落ちる光が風に乗って揺らめく。まるで水底にいるみたいだと赤ずきんは思った。ここは「おじいちゃん」が嫌がるからあまり来たことがない。水の気配は苦手なんじゃよと苦笑していた姿が思い出される。こんなに気持ちいいのになあ。さらさらと流れる水の音を辿りながら、赤ずきんは木々の隙間を縫って歩く。湖が近づくにつれ、どこか懐かしい、柔らかな音色も耳に届いた。これはアドニスのオカリナだろうか。風に乗って流れてくるそのメロディは、どこか切なく、そして暖かく心の中に落ちていく。
まるで湖を囲うように密に植えられた木々の隙間をなんとか通り抜けて広場へと出てみると、騒がしく鳥が飛び立つ音が聞こえた。途切れるオカリナの音。赤ずきんの名前を呼ぶ声。彼女がそちらを向くと、アドニスはオカリナを片手に柔らかく微笑んでいた。
「ごめん、お邪魔しちゃったかな」
「いや構わない、お前を待っていた」
私を?と首をかしげると、アドニスは頷いて自分の座っていた場所から半歩横にずれる。赤ずきんが側に寄って腰を下ろすと、彼は柔らかく微笑み、空を指差す。
「お前が俺を探していると、彼らから」
「……ああ」
先ほど飛び立った鳥たちはどこかへ行ったのではなく、木々の向こうからじっとこちらの様子を伺っていた。赤ずきんはバスケットの中からパンをちぎり近くに撒くと、小鳥たちはこちらへと戻ってきて嬉しそうに声をあげながらパンを突き始めた。その心温まる情景に顔を綻ばしていると、アドニスは赤ずきんの方をじいと見て、口を開く。
「何か用事があったのか?」
「特に用事はないんだけど、パン、食べるかなって」
「パン?」
目を丸くするアドニスに赤ずきんはバスケットを自分とアドニスの間に置いた。蓋を開いてパンを一つ取り出し渡すと、彼は嬉しそうに表情を和らげて、食べていいのか?と尋ねてきた。赤ずきんは頷いてバスケットから真っ赤なジャムを取り出し蓋の上に置く。先日大量に採れたイチゴを溶かしたものだ。固く締めた蓋をあけると、辺りに甘酸っぱい香りが漂う。その香りにつられて小鳥が一羽寄ってきたが、赤ずきんは手のひらでそれを制する。この甘さは体の小さい彼らにとって毒にしかならない。
「すまない、これは俺のためのものらしい」
アドニスが小鳥に詫びる。別にアドニスくんのために作ったわけじゃないけど、とも思ったが一人分しか用意していないことを考えるとそれでも相違ないと思った。だって誰かに食べて欲しいと思ったときに真っ先に浮かんだのは、おじいちゃんでもナンパな猟師さんでも晃牙くんでもなくアドニスくんだし。そう思って小さな小瓶に詰めてきたわけだし。
アドニスの言葉に動揺して少しだけ高鳴る心を落ち着かせながら小鳥をみると、小鳥は少し寂しそうに鳴いて仲間の元へと戻っていった。あまりにその後ろ姿が寂しくて、バスケットから先ほどちぎったパンを取り出してまた表面を削り彼らに与える。優しいな、とアドニスの声。そんなことないよ、と赤ずきん。
水面は穏やかに太陽の光を反射して輝いていた。ぽつりぽつりと浮かぶ波紋は魚たちか、それともまた別のものたちのものか。湖の表面をさらって吹く風は適度に冷やされて心地が良い。穏やかな風を感じていると、隣でパンを頬張っているアドニスが、美味しい、と一言零した。
「お前の母親は料理上手だな」
「あ、違うの今日は私が作ったの」
「お前が?」
アドニスは赤ずきんの言葉に目を丸くする。そしてパンに目を落として、また赤ずきんの方を見つめた。そのままジャムの方へ目を向け、また彼女の方へ目を向ける。せわしなく彷徨く目線に苦笑しながら、ちょっと美味しくできたと思うけど、と笑うと、アドニスは大きく頷いて、うまいぞ、と一言。
「そうか、お前は料理上手なんだな」
「あ、でも全部一人でやったわけではなくて」
「それでもお前が作ったのだろう……もうないのか」
ペロリと平らげてしまったらしい。アドニスは指先についたパン屑を舐めとりながらバスケットを見つめる。晃牙くんとはまた毛色の違う尻尾が、遠慮がちにぱたぱたと揺らめく。その動作に苦笑しながら赤ずきんはバスケットを開いて中身を確認した。蝙蝠をあしらった紫色のハンカチから転がるのは三つのパン。その中の二つを取り出してアドニスに出してやると、彼は目を輝かせながら赤ずきんを見つめる。彼の耳がぱたぱたとせわしなく動く。食べていいよ、と笑いかけると、アドニスはすまない、と言いながらパンを取り上げて美味しそうにそれを頬張った。途端に騒ぎ出す鳥たちに赤ずきんは手元にあるパンをちぎって投げる。小鳥たちはまたパンをついばむ作業に戻り、静寂があたりを包んだ。
赤ずきん自身もパンを頬張っていると、突然アドニスが赤ずきんの名前を呼んだ。彼女が首をかしげると、アドニスは自らの頬を指差す。ほっぺた?と彼女が口元を拭うとアドニスは首を横に振った。食べかけのパンをもう大分少なくなったジャムの瓶の隣に置いて、彼は身を乗り出すとゆっくりと赤ずきんに近寄った。急に距離を詰めてきたアドニスに身を硬くしていると頬に暖かくて柔らかいなにか。次いでくるざらりとした舌の感触に赤ずきんの心臓は思い切り跳ね上がった。
「パンが付いていた」
当の本人は悪びれもせずしれっとそう伝えると赤ずきんから離れてバスケットの上に置いていたパンを頬張りはじめた。こ、この男は……!文句の一つも言いたかったが先ほどの同様で口がうまく動いてくれない。
「どうした?」
「な、なんでもないです!」
表面を荒く削ると赤ずきんは目の前の小鳥たちにパンをちぎり投げつける。少し大ぶりなパンの雨に小鳥たちは喜び声をあげて、アドニスもそんな風景に顔を綻ばせてパンを頬張る。
「ばか……」
なめられた頬をそっとなぞりながら赤ずきんはそう呟いた。きっと今の自分の顔はずきんよりも赤いのだろう。冷やされた風が彼女の頬を撫でて通り抜けるが、この熱はなかなか冷めてくれない。そんな気がした。