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**注意書き
*赤ずきんパロです
*朔間零 →森に住んでるおじいちゃん(出てこない)
*羽風薫 →森の猟師さん(出てこない)
*大神晃牙 →森に住んでる狼男
*乙狩アドニス→森に住んでる狼男(出てこない)
*転校生 →町に住んでる赤ずきん
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しゃくしゃくと音を立てながら落ち葉を踏み鳴らす。振り返ると硬いパンプスで踏み鳴らされた落ち葉の跡が点々と、まるで深雪に作った足跡のようにくっきりと残っていた。秋の森は彩りを見て楽しむのももちろんだけれど、こうして舞い落ちる落ち葉を踏み鳴らすのも楽しい。片腕にひっかけているバスケットは赤ずきんがステップを踏むたびに楽し気にぎしぎしと揺れた。森の入口より奥、「おじいちゃん」が住んでいる森の奥より手前。海でいうところの”浅瀬”にあたるところに、素晴らしい花畑があるのを赤ずきんは知っていた。そしてその周辺には一匹の狼が出没することも、よく知っていた。
がさりがさり。彼女が木の葉を踏むたび落ち葉が踊る。花畑に近付くうちに自分のリズムではない、ほかの音が混じっていることに赤ずきんは気が付く。自分のそれよりも一等小さい音に、その音の主がなんとなくわかってしまい、顔をはにかませながら振り返る。そこには予想した通り、両耳を雄々しく立ててこちらを見上げている、オレンジ色の可愛い犬が立っていた。レオン、と彼の名前を呼ぶと、レオンは返事のつもりなのだろう、鼻を鳴らしてじいと赤ずきんを見上げる。木々から離れたての落ち葉がレオンの額に着地する。レオンは顔を振るって落ち葉を落とし、そしてまた鼻を鳴らして鋭い眼光で赤ずきんを見上げた。
「迎えに来てくれたの?ってことはお前の友達は近くにいるのかしら」
赤ずきんがそっとレオンの頭をなでると、レオンはくすぐったそうに眼を細めて、わん、と一度鳴いた。そして赤ずきんの手をすり抜けると彼女を追い越し歩き始める。数歩離れたところで彼は振り返り、もう一度鳴いた。ついて来いということかしら。赤ずきんがゆっくりとそちらへ向かうのを確認して、レオンは彼女を導くように歩き始めた。
花畑とは違う方向。鬱蒼と木々は茂る道を、レオンは闊歩する。こちらの方面は、おじいちゃんを訪ねるときくらいしか来たことのない道だ。うっかりすると戻れなくなりそうな雰囲気だから用事がない限りは近付かないようにしているのだが、まあレオンが導くなら間違いないだろう。少し湿った落ち葉は先ほどのような軽快な音ではなく、重苦しい、ぐずり、ぐずりという音を立てて沈んでいく。先ほどよりもほんの少しだけ肌寒くなったようだ。レオン、と心細げに声をかけるとレオンはこちらに駆け寄って一度赤ずきんの膝にすり寄った。励ましてくれているようだ。
「どこに連れて行こうとしてるの?」
レオンは答えない。彼女から離れると彼はまた先導するように歩き始める。赤ずきんは今まで来た道を振り返り、まあもう一人で帰れそうにないし、と肩を竦め、そのままレオンについていくことにした。
彼が立ち止まったのはひときわ大きい木の前だった。到着したことを知らせるように、彼は幹の前で立ち止まり、赤ずきんに一声かける。沢山木を見てきたがこれほど立派な木を見たのは初めてだった。しっかりと根を下ろした大きな幹に寄り添うように立ち止まると、レオンも彼女の足元へ寄り、そのままうずくまってしまった。この辺りはもう日の光もほとんど入らない。薄暗く湿った、だけど澄きった荘厳な空気を吸って、吐く。一体ここで何を見せたかったのだろう。足元のレオンに声をかけようとした瞬間に頭上からたくさんの木の葉と、大きな音。思わず身を固くすると、ひときわ大きな音とともに、赤ずきんよりも一回り大きな影が、木から降ってきた。
「レオンどこ行って……お、お前なんでここに!」
「あら晃牙くん、奇遇ね」
「奇遇ね、じゃねえよテメエこんな深くまで一人でくんな!危険だろうが!」
「レオンが案内してくれたんだよ」
晃牙が耳としっぽをおったてながらレオンを睨む。レオンはそんな晃牙をみて、ふんと鼻を鳴らすとまた赤ずきんの足元で丸くなる。そんな相棒の様子に晃牙は苛立たし気に毛を逆立てながら、一度大きく舌を打った。怒りの矛先はまた彼女へと向いたようで、赤ずきんを睨むなり、彼は顔を歪めながら
「ここはテメエが来ていい場所じゃねえんだ!野犬もうろうろしてるし襲われたらどうすんだよ」
確かに彼の言う通りだ。レオンも守ってくれるだろうけど、小柄な彼より一回りも二回りも大きな獣に襲われたら、私たち二人は簡単につぶされてしまう。想像して粟立つ肌をさすりながら、ごめん、と赤ずきんがつぶやくと、晃牙はまた一つ舌をうって、彼女の隣にたち幹に体重をかけ腕をくんだ。
「……どうしても着てえっつうなら俺様に声をかけろ。吸血鬼野郎の家に行くときも、だ」
「うん、そうだね」
「俺が無理ならアドニスに声をかけろ……最悪あのスケコマシ野郎でも問題ねえ、とにかく、一人でくんな。レオンがいても、だ」
脳裏に彼と同じ立派な耳としっぽの生えた狼男の姿と、森に住んでいるといわれる猟師の姿が目に浮かんだ。まああの二人なら確かに守ってくれそうだよね。赤ずきんが、そうする、と彼に笑いかけると、晃牙はばつが悪そうにそっぽを向いて、でもできるだけ俺を頼れ、と小さな声で呟いた。
鬱蒼な森に呼吸音が三つ。持ってきたシートを引いてその上に座る赤ずきんと、すっかり寝入ってしまったようで彼女の膝の上で寝息を立てるレオン。そして赤ずきんに寄り添うように隣にくっつく晃牙。随分と広い空間なのに彼女たちは木の幹の周りで固まる様に寄り添っていた。通り抜ける空気の寒さに赤ずきんがぶるりと身を震わすと、くっついとけよ、と晃牙がその身を寄せる。狼男とはいえ体毛が獣の毛で覆われているわけではない。ただ人の体温より狼男のそれは少しばかり高いので赤ずきんは素直にその好意に甘えることにした。彼から葉っぱの深く澄んだ香りがする。人里では感じない香りだ。心が落ち着く。
「パンたべる?お昼に持ってきたんだけど」
「貰う」
「レオンは食べるかな?」
「寝てるんだしいらねえだろ」
バスケットから拳大のクルミのパンを取り出すと、彼に一つ手渡す。晃牙は素直にそれを受け取り、それを見届けた彼女も、もう一つバスケットからパンをつまみあげる。そして彼の腕に身を寄せなおすと、晃牙は一瞬動きを止めて、そして彼女の背中に手を回して腰を掴み、乱暴に引き寄せた。ひゃあ、と声をあげる赤ずきんに、そんな声あげたら食っちまうぞ、と晃牙は軽口をたたいて笑う。
「ここって静かだね」
「まあな、まだ昼だから寝てんだろ」
「あ、そっか、夜は賑やか?」
「賑やかっつうかまあ、それなりにな」
クルミパンを頬張る彼に、赤ずきんはふうんと言葉を漏らした。ここに来る間もそれなりに「お食事の跡」を見てきた。明言しないということはきっと夜になるとそういうことも盛んにおこなわれるのかな、と考えてもう少しだけ晃牙のほうへと身を寄せる。晃牙も黙って彼女に回した手の力を強くすると、だから一人でくんなよ、とまた警告を飛ばす。赤ずきんは黙ってうなずいてパンを頬張る。やはり来慣れているといっても、ここはあくまで野生の森なのだ。
赤ずきんがそっと頭を晃牙のほうへと預けると、晃牙はそちらをちらりと見て、甘えん坊かよ、とせせら笑った。それでも邪険にする様子はなく、腰に回していた手を頭のほうへと回しなおし、不安に震える彼女の頭を優しく撫でた。そっと指先で彼女の耳たぶを触ると、赤ずきんは小さくはねた。自分とは違う耳、自分とは違う生き物。形を確かめるようになぞって触って、そして彼女の柔らかい髪の毛を何度も撫でる。
「俺様が守ってやるから、安心しろ」
だからまた遊びに来い。撫でられる喜びと、彼が発した一等に甘い言葉に耳を傾けながら赤ずきんは頷き目を閉じた。森の奥から澄んだ冷たい風が吹いたが、もう決して、寒いことはなかった。