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調理実習

 炊飯器に残っていたお米は授業が終わってしばらく経つというのに、おいしそうな湯気を立ち上らせていた。大食漢な仲間たちに合わせて多めに炊いたご飯はどうやら正解だったらしい。釜の中に残った米粒を丁寧に掬って茶碗に盛ると、早くしろよ、なんて傲慢な声が響く。はいはい、と返事を返しながら茶碗を彼の前においてやると、晃牙くんは少しだけ表情を緩め、しかしまた顔を引き締めて、さっさと並べろよ、と言葉を吐いた。

 調理実習の後のキッチンは、先ほどまで級友がひしめき合っていたのが嘘のように静まり返っていた。狭い狭いと窮屈そうにジャガイモを切っていたスバルくんを思い出して、笑いを零す。丁度背中合わせで調理をしていた大柄なアドニスくんにぶつかって、オッちゃんちょっと邪魔!なんて理不尽に文句を言っていたスバルくん。そして申し訳なさそうに謝罪をするアドニス君。アドニス君の対面で大根を切っていた北斗くんはそんなスバルくんの態度に眉を顰めて、今のは明星が悪い、なんて言葉を吐いていた。
 あれだけ賑やかで騒がしかったこの空間が、二人きりだけだとやけに広く感じる。しかしそこに寂寥は感じない。晃牙くんの方を見ると、彼は机に肘をつきながらじいと私を見つめていた。目があうと、途端に彼は眉の間に皺を寄せて、早くしろよ、と私をせっついた。

 大鍋に残った豚汁を器に、野菜炒めを皿に盛って晃牙くんの前に並べると、晃牙くんはふんぞり返っていた背を伸ばして、ぱちり、と両手を合わせる。普段横暴な物言いの彼の口から出るなんて想像できないほどの行儀正しい「いただきます」は、密やかに教室に響いた。

「テメェらのクラスは今日だったんだな」
「そうそう、晃牙くんのクラスは先週にやったんだっけ?」
「まぁな」

 少し厚く切りすぎたキャベツをお箸でつまみあげて、口の中へ放り込む。

「まあ、悪くねえな」

 彼の下した評価に胸をなでおろしつつ、たくさん食べてね、と言いおきすぐ脇にある流し台に空になった鍋やフライパンを並べた。隣で洗い物していい?と聞く私に、晃牙くんは好きにしろよ、と一言言い放った。

 こんなことを本人に言えば怒られそうなのだけれど、隣でご飯を食べて、そしてその隣で洗い物をするなんて、なんとなく新婚みたいな気分がしてくすぐったい。お鍋に水を浸しながら、お味はいかがですか、と聞いてみたら、彼はすすっていた味噌汁を机の上に置いて、悪くねえ、とまた先ほどと同じ言葉を繰り返した。

「で、テメェはどれを作ったんだよ」
「あ、ごめんね私作ったのみんな食べちゃった、焼き魚だったんだけどね」

 私の一言に途端に晃牙くんの顔が曇る。そんなに食べたかったのか、先週同じメニューを食べたのではなかったのか。私が首を捻ると、晃牙くんは舌打ちを一度鳴らして、お米をかき込んだ。

「そんなに魚食べたかった?」
「ちげえよ馬鹿」
「でもその野菜炒め美味しくない?」

 晃牙くんはとうとう何も言ってくれなくなったので、私は一つため息をこぼすとスポンジに洗剤を含ませて幾度か握る。蛇口をひねり水を出してフライパンの表面を流水で流すと、本当に些細な、呟きのような彼の声が聞こえた。

「今度はちゃんと手料理食わせろよ」

 流水をかいくぐって聞こえた小さな響きに晃牙くんの方を向くと、彼はバツが悪そうにそっぽを向いた。何か言った?と私がとぼけると、晃牙くんははあ?!と今日一番の大声を出して、何も言ってねえよ、と言って昼食を再開する。指摘すると怒るだろうから、私は何もわかっていないような表情を浮かべて晃牙くんを見る。こっちみんな。彼の鋭い言葉に肩をすくめてフライパンの表面にスポンジを滑らした。
 今度はちゃんと作ったものは残しておこう。咀嚼するたびほんのりと顔をほころばせる晃牙くんをこっそり盗み見ながら、心の中でそう誓った。