ぎいぎいと鳴り続けるその音は、まるで音楽を奏でるかのように陽気に辺りに響いた。荒い息を吐く晃牙くんの肩に手を置きながら、自転車の後輪の金具に足を引っかけてお世辞にも早いといえない速度に身を任せる。ぺちぺちと頬をたたく弱い風、掌から伝わる晃牙くんに籠る熱。手の甲に汗をかきながら、低く唸る彼に、降りようか?と声をかけると、彼は息も絶え絶えに、黙って乗ってやがれ、と言い放った。彼の返事に、わかった、と短く返事を返して、いつもより高い視線で街を見渡す。道すがらのコンビニも、よく吠える犬の家も、いつも見ているはずなのに、なぜだか違う世界に見える。
「おい」
「なに」
「辛くねえか」
明らかに辛そうな声をあげているのは晃牙君の方だ。汗だくの彼の肩をぎゅっと握りしめて、そっちのほうが辛そうだけど、と正直に口にすると、自転車の速度が少しだけ上がった。
「うっるせえよ、こんなの、屁でもねえ」
「……ほんとに降りるけど、私歩けるし」
「いいから、てめえが、体勢が、つらい、っていうなら、降ろしてやっても、いいが」
荒い息を吐きながら苦々しく言葉を吐き出すので、思ってもいない「辛い」が喉奥に疼く。この熱を手放すのは名残惜しいが、こうして息も絶え絶えな彼を見ているのは本意ではない。肩にかける力を少しだけ強めながら、ちょっと足が痛いから降りたいかな、と言うと晃牙くんは苛立たし気に舌打ちをして、気が変わった、と大きく息を吸い込むと思い切りペダルを踏み込むと唸り声をあげながら自転車を加速させていく。
びゅんびゅんと、耳の隣を風が通り抜ける。先ほどの柔い風とはうって変わり、頬にあたる強い衝撃に思わず前かがみになり晃牙くんに身を寄せた。振り落とされんじゃねえぞ!と轟くような声を響かせた彼は全速力でペダルを踏み込んで、思い切り自転車を加速させる。私は金具に乗せた体重を内側へと寄せつつ、晃牙くんの肩にさらに体重を預けた。重くない?!と声をあげる私と、わかってるなら少しはダイエットしろ!なんて轟く声。アトラクションのような嘘みたいなスピードに軽い興奮と、少々の恐怖感を感じながら晃牙くんを見た。彼は体中を揺らして必死にペダルを踏み続けていた。上気する吐息、増える軋み音。そして彼が自転車を暫く走らせたところで、どうやら体力が切れたのだろう、自転車は減速の一途をたどり、そして、ゆっくりと停止した。
荒い吐息に合わせて、彼の肩も上下する。先ほどまでとは非にならない呼吸の荒さに私が自転車から降りようと重心を右側に寄せると
「降りんじゃねえよ」
と晃牙くんが咎めるように鋭く言葉を吐いた。言葉通りぴたりと動きを止める私に晃牙くんは
「マジで格好つかねえ」
と独り言のように呟いて深々とため息を吐いた。十分かっこいいと思うけど。今口にすると逆効果な言葉を心の中にしまいながら、彼の肩を幾度か叩いて、でも楽しかったよ、と伝える。先ほどまで落ち込んでいたくせに、晃牙くんは私の言葉を聞くや否や満更でもないように、そうかよ、と嬉しそうに笑い声を漏らして、額にかいたであろう汗を拭った。
「バイクの免許」
「うん」
「取れたら、真っ先に乗せてやっから」
「楽しみにしてるね」
ああ、と短い返事の後にゆっくりと自転車は滑り出す。相変わらず、ぎこぎこと音を奏でながら。荒い息と、肩から伝わる彼の強がりを感じながら、でもまだ自転車でいいかななんてぼんやりと思う。多分私たちにはまだ、このくらいの速度がちょうどいい。
頬にあたる柔い風を感じながら、やっぱりかっこいいよ、と抑えきれなかった言葉を零す。当たり前だろ、と返ってきた言葉に肩を震わせて笑いながら、いつもより視界の高い世界を見つめた。