キミの季節を彩る一部に、なりたかったのだ。
盛大にくしゃみを吹き出す彼の隣を歩きながら、春は大変ねえ、と私は間延びした声を漏らした。冬の寒さが解け、春の眠気を誘う陽光に欠伸をこぼすと、晃牙くんはぐずりと鼻をならして、クソが、と一言苦々しく吐き出した。花粉症である彼は春の訪れに敏感だ。ぐずぐず鼻をならしながら、今日はやべぇ、昨日よりやべぇ、なんて花粉度合いを鼻の赤みで教えてくれる。いつもよりも赤く鼻を染めながらぐずぐずと鳴らすので、薬飲みなよ、と彼に提案する。
「んんん」
ぐずり、と鼻をならし、彼は否定とも肯定とも取れない言葉をはいた。そしてポケットからティッシュを取り出して盛大に鼻をかむ。さらに赤みを増す鼻の頭が痛々しい。
「これじゃあ晃牙くんにとって春は嫌いな季節になっちゃうねえ」
「当たり前じゃねえか」
「私は好きなんだけどな」
「なんでだよ」
ぐずり。また彼は鼻をならしながら隣を歩く私を見下ろした。琥珀色の瞳が花粉のせいでほんのり潤んでいる。いつもよりも揺れる彼の瞳を見つめながら、私は歩みを止めた。彼も何も言わず足を止めて、私の言葉を待つ。
「だって春は、晃牙くんと出会った季節じゃん」
驚き目を瞬かせる彼に向かって、ね?惚れた?と私は笑うと、晃牙くんは忌々しそうに顔を歪めながら、くだらねえ、と言葉を吐き捨てる。そうして足を踏み出したので、私はおいていかれないように慌てて彼を追いかけた。
「下らないって!可愛い彼女の告白ですけど?!」
「しょうもなさすぎて鼻水もでねえよ」
「でてんじゃん、じょびじょばと」
「そんなご機嫌に出してねえよ」
ひどいなあ傷つくなあ。私はわざと頬を膨らませてそっぽを向くと、彼は膨らんだそれを押し潰すように片手で私の頬を強引につかんだ。ぶすう、なんて不細工な吐息が勢いよく漏れて、なんだその音、と晃牙くんが笑う。自分が仕掛けたのによく言う!と私が噛みつくと、彼はふと真顔に戻って歩みを止めた。今度は私が彼に合わせて足を止める。頬をつかんでいた彼の親指が、輪郭をなぞるように肌を滑り唇の上を滑る。いつになく真剣な視線に、縫い付けられたように私はその場に立ちすくんだ。
まるで吸い寄せられるように、彼の顔が私に迫る。香水だろうか、清涼感のある香りを感じながら私は目を閉じた。
「......これでイーブンくらいか」
人のファーストキスを奪っておいて、晃牙くんはそう嘯いた。先程までの、真剣な空気はどこへやら。彼は私から手を離すともう一度盛大にくしゃみを飛ばして、またさっさと歩きだした。
「ひ、ひどくない?!人のキス奪っておいて、なんかあるでしょ!他に!」
「うっるせえよ!もっかい塞ぐぞ!」
「ふっ塞ぐとか!もっと言い方あるでしょう!」
「ああ?!ちゅーすんぞこの野郎!」
「ちゅーとか可愛すぎるんですけど」
「てめえ……!」
晃牙くんはそう言うと私の頬を両手でつかみ、思いきり横に引き伸ばした。頬に感じる鈍い痛みに文句をいってやろうと彼を睨みあげると、晃牙くんはぱっと私のほほから手を離して、バカみてえなことばっか言ってんじゃねえぞ、と吠えた。
私は彼の季節を彩る一部になれたのだろうか。うっすら浮かぶ彼の笑みがその答えのような気がして、じんわりと残る痛みを感じながら、素直じゃないなあ、と私は笑った。