DropFrame

お手紙を書こう

 真っ白な便箋に並びたてられた言葉たちは、どれも陳腐な気がした。HBのシャープペンの芯は、私の想いを伝えるには少しばかり薄く、力を込めて滑らせると、いとも簡単にぼきりと折れた。晃牙くんはそんな私を見て、必死か、と笑い、私も折れた芯を見つめて、必死だよ、と笑う。早朝の教室は朝の新鮮で冷たい空気に満たされていた。きっと後30分もしたら誰かが来るだろう。そしたら晃牙くんはしれっと隣の教室に帰ってしまうだろうし、私もいつもの澄まし顔で、みんなに挨拶をするのだろう。だから今だけ。彼の彼女として振る舞える今だけは少しだけ、いつもの殻を取っ払おうと決めていた。

「いざ言葉にすると何も浮かばないね」

 大神晃牙くんへ、とだけ書いた便箋を見た晃牙くんは呆れたように、まだ名前しか書いてねえじゃねえか、と一言漏らした。だってまさか本人のいる前でラブレターをかけなんて言われるとは思わなかったんだもの。私が口を尖らせると、晃牙くんは得意げに鼻を鳴らして、たまには俺様に感謝の言葉を述べてもバチはあたんねえだろ?と笑った。そんな晃牙くんを見て私も笑い、そうだね、とこぼす。本当は感謝以上に伝えたい気持ちはあるんだよ。心の中でそんなことを考えるが口にはしない。恥ずかしいし、照れちゃうし。

 朝のみずみずしい光が、カーテンが揺れるたびに教室へと降り注ぐ。彼が笑うたびに、眠そうに頭を揺らすたびに、銀髪に反射した光の波が、ゆらゆらと揺れる。晃牙くんの髪はしっかりセットしているはずなのに、実は柔らかいことを私は知っている。し、髪の毛を撫でるとセットが崩れる!と憤怒することも私は知っている。なのに今日は妙に触りたくて恐る恐る手を伸ばすと、目ざとくそれを見つけた彼は私の手を掴んで机の上に押し付けた。

「何してやがんだよテメエ」
「未遂未遂」
「集中して書けってんだ全く」
「だって本人を目の前にしちゃかけるものもかけないよ」

 晃牙くんはぱちくりと目を瞬かせて、そういうものか?と首をひねる。思ったことを書けばいいじゃねえか。そう口にすると私からペンをひったくって逆さまの便箋にシャーペンを走らせる。彼の綺麗な字で書かれた私の名前は、見慣れた漢字のはずなのにちょっとだけ特別な気がした。いったい何が書かれるのかな、と便箋に浮かぶ文字をワクワクしながら待っていると、晃牙くんは私を見て、あんまり見んじゃねえよ、と唇を尖らせた。そして紙を自分の方へ引き寄せると、その大きな図体を丸めて、言葉を紡いでいく。何が書かれているかここからは見ることができない。でも彼の楽しそうな横顔を見るだけで、私の心はとくとくと心拍数を上げていく。彼がシャープペンシルを動かすたびに、蓋についているマスコットかからからと音を立てる。からから、とくとく。私にしか聞こえない、恋の音。晃牙くんは左腕で紙を隠しながら、右手でシャープペンシルを滑らせている。見せてよ、と私が急かすと、黙って待ってろよ、と彼の声。だって気になるじゃん、と私。いい子で待ってたらご褒美やっから待ってろ、と彼。

 ご褒美だって。犬じゃないんですけど。そう思いつつも心は単純なもので喜び震え、また心臓が大きく高鳴る。ふと、思い立って彼の頭に手を伸ばしてみた。どうやら手紙に集中していたらしく、私の手はいとも簡単に彼の髪の毛に着地した。もふり、という柔らかい感触。手を動かすと、指と指の隙間から彼の毛先がぴょこりぴょこりと顔を出した。晃牙くんは私が二度程頭を撫でたところで、鬱陶しそうに唸り声を上げながら私の手を振り払った。振り払うということは彼の遮断していた左手がなくなるということで。激怒している晃牙くんの顔ではなく、私はすかさず机の上に置いてあった手紙に目を落とした。

 大馬鹿野郎へ
 一度しか書かねえから、後生大切に持っておけよ。
 俺のそばから離れるなよ。

 薄い文字で書かれたそれを見て、思わずうわああなんて上ずった声を上げてしまった。晃牙くんは慌ててそれを隠すと、見んじゃねえよ!と大きな声で吠える。私は首を左右に振りながら、うわあ、見ちゃった、うわあ!と声を上げた。茶化す気持ちは全くなくて、ただ単純に嬉しくてそして……少しだけ恥ずかしくて。
 晃牙くんはバツの悪そうに便箋を乱暴に四つ折りにすると私に黙ってて渡した。二行で十分だろ、とそう言葉を吐く彼に、私は頬を緩ませたまま、うへへ、なんて君の悪い笑い声を上げながらそれを受け取る。晃牙くんは、気持ち悪い、なんて一言悪態を吐いて、テメエもさっさとかけよ、と一度大きく舌打ちをした。

「書く、書きます、書いたら大切に持っててくれる?」
「出来次第だな」
「あ、私はお守りにいれて持ち歩くね」
「うっぜえ」

 そういいそっぽを向く彼の横顔がほんのり赤いのはきっと気のせいではない。私はでれでれとだらしなく笑みを浮かべながら新しい便箋を取り出して一枚机の上に広げる。机の上に乱暴に投げ出されたシャープペンシルを拾うと、一番上に再度、大神晃牙くんへ、と書いた。さて、ここからなにを紡ごう。真っ青な空と彼の真っ赤な横顔を見ながら、心の命ずるまま、ペンを走らせた。