DropFrame

便箋に、愛を込めて

 購買で見つけた便箋を眺めていると、ふと先輩が、それあんたに似てるねぇ、と口にした。特にキャラクターものでもなく、無地の便箋に、だ。花柄なら女らしいとか可憐とか、ファンシーなものなら幼いだとか可愛らしいだとか、それなりに連想できそうなのに、こともあろうに無地の便箋。白地に横線が規則正しくならんでるだけのシンプルなもの。どう反応していいかわからず、先輩はよく手紙とか貰うんですか?と頓珍漢な答えを言ってしまい慌てて口をつぐむ。不機嫌に眉を潜め嫌みの二つや三つ並べられる、と覚悟していると、彼から零れ落ちた言葉は存外優しく、それなりにねぇ、と答えてくれた。

「ま、俺はモデルもやってるしね、そこらよりは貰うんじゃない?」
「わーすごい、やっぱ全部読んでるんですか?」
「まさか、そんな事やってる暇ないっての」
「先輩人気ですもんね……」

 私の返答に先輩はきょとん、と目を丸くした。言葉に詰まっているのか、え、とかうん、とか、単語にもなりきれない音が彼の口からぽろぽろと落ちる。まさかそこまで動揺されるとは思ってもみなくて、私も目を瞬かせながら、なにか変なこと言っちゃいましたか…?と彼の顔色を窺う。瀬名先輩は少し照れ恥ずかしそうに私から視線を外して

「あんたなら、ちゃんと全部読まなきゃダメです!なんて言うと思った」

と、呟く。そういうことか。動揺の原因に納得して、私は表情を崩す。

「先輩がお忙しいのはわかっていますし、きっと私が想像もしてない量なんだろうなあと思ってますよ、読めたら一番いいですけど、無限に時間がある訳じゃないですもんね」

「ふぅん、言うようになったじゃん」

 私の答えが彼のお気に召したのだろう。先輩はニヒルな笑みを浮かべて私が持っていた無地の便箋を取り上げる。驚いてその便箋の軌跡を目線で追いかけると、

「ね、プロデューサー、レッスンに付き合ってよ」

と、彼は便箋をひらひら空中で泳がせながら口の端をあげる。この顔は何か企んでる顔だ。身構えつつも、何ですか、と私が尋ねると彼はその綺麗な唇の両端を釣り上げて、笑みを浮かべた。

「俺がちゃんとファンレター読めるように、手紙を書いてきて」

 突拍子も無い提案をされた私は、済し崩し的にそれを受諾して、瀬名先輩が清算を済ませた便箋を受け取った。お金を払う、と言った私にKnightsの経費で落とす、なんて彼はとんでもないことを口にする。本気かどうかわからないけど、瀬名先輩はやりかねない。それはまずいんじゃないでしょうか、と弱々しく言葉にする私に、彼は、レッスンだから問題ないでしょ、としれっと言い放った。そう言われては弱い、し、ユニットの資金の使い方なんて私が口出しできる範疇ではない。

「今日中にね」

 私をなめつけながらそう言う彼に、今日?!と私は素っ頓狂な声を上げてしまった。瀬名先輩は心底鬱陶しそうに眉根を寄せながら、うるさい、と一喝。腕を組み、肩を大げさに落として、手紙の一つもかけやしないの?と私を煽り出した。そこまで言われると書かないわけにはいかない。唇を尖らせて、かけます、と言う私に、先輩は笑顔を浮かべて、えらいえらい、と一つ、頭を撫でた。

 そんなわけで、猛ダッシュで教室に戻ってきた私は急いで筆記用具と白紙の便箋を机に広げた。ファンレターって、どういう風に書くんだろう。カラフルなボールペンとか?疑問に思いながら筆箱を漁るが、出てくるのはシャーペン、黒ボールペン、赤ボールペンの三種類だけ。なんて女っ気のない、とこの事案に頭を抱えそうになったが、きっと色とりどりのペンがあったところで持て余す未来が見えている。女子力低いなあ、と一人で落胆していると、隣の席で黙々とあんパンをかじっていたアドニスくんがじいとこちらを見つめていた。

「どうした、手紙か?」
「あ、いや、ファンレターを」
「ふ、ふ、ファンレター!?」

 私の声に敏感に反応したのは近くにいた真くんだった。ファンレターってどういうこと?!鼻息荒くやってくる彼の姿はとてもアイドルとは言い難い。近くにいた北斗くんも、興奮しすぎだ、と彼に窘めの言葉を投げかける。だって北斗くんファンレターって!と声を荒らげる真くんに同調するように、

「なになにファンレター?俺に?」

とスバルくんが嬉々として表情を輝かせた。

「あ、ごめん違う、瀬名先輩に……」
「泉さんに?!」

 卒倒しそうなほど声を上げた真くんはふらりと体幹を崩して後ろへよろめいた。どうした遊木殿!とどこからともなく駆け込んできた颯馬くんは真くんを支えると、ぐいと元の位置へと押し戻した。ずれた眼鏡を直しながら、真くんは私と便箋を交互に見て、

「お、脅された?」

 と尋ねてくる。脅されてはないけど、という歯切れの悪い返事に、今度はアドニスくんが、俺が守ってやる、と息巻きだし、それに乗じて颯馬くんも、ぼでぃがーどであるな!と目を輝かせて愛刀をそっと撫で出した。

「じゃあ俺も俺も!ついでにホッケーもボディガードやろう!」
「まだ瀬名先輩に脅されたと決まったわけではないだろう」

 流石委員長。大きく尾鰭が付き出した話をたった一言で元の形へと戻し、鋭い眼光でじいと私を見つめる。

「不本意なものではないのだろう」
「まあ……そうだね」

 私の返答に彼は、なら問題ない、と一言言い微笑むと、先ほどまで騒いでいた一帯に

「お前たちは騒ぎたいだけだろう、ほら、行くぞ」

と彼らに号令をかける。真くんたちはそれぞれ一様に唇を尖らせながら私の方を見やり、しぶしぶその場から離れた。もしかけたら読ませてね!と真くんが叫ぶと、北斗くんが素早く頭を叩き、ファンレターを他人に読ませる馬鹿がいるか、と一喝した。

「ファンレターか、ファンレターってどういうこと書くんだろうねアドニスくん」

 あんパンをまた咀嚼し始めたアドニスくんに私が問いかけると、彼は申し訳なさそうに

「すまない、それは俺と書いてくれた人の秘密だ」

と答えた。彼らしい、素敵な答えだと思う。

 私と瀬名先輩の秘密になるのか。くるりくるりペンを回す。秘密にしたい事柄なんてないけど。とりあえず書き出すしかないかな。えっと、瀬名先輩へ。あれ、これって瀬名先輩に書けばいいの?それともKnightsの瀬名泉に書けばいいの?私は助けを求めるようにアドニスくんへ視線を送ると、彼は表情を曇らせながら

「それは助けられそうにない」

と言葉を漏らした。

「書きたいように書くべきだ」

言葉足らずだと思ったのか、アドニスくんは眉を下げる私にそう言葉をかけて、がんばれ、と激励を飛ばしてくれた。書きたいように。アドニスくんの言葉を心の中で反復しながら、ペン先を便箋に滑らす。

 Knightsの瀬名泉さんへ、にしたほうがいいのかな。ボールペンでユニット名と彼の名前を書くと、なんだか余所余所しい感じがした。でもファンレターだし、仕方ないよね。書き直すわけにもいかず、二行目にペン先を落とす。「お元気ですか」、あっ元気なのは嫌という程知ってたわ。続けて「お元気そうですね」と言葉を続ける。お元気ですか、お元気そうですね。いけないこれ無意識に煽ってる、怒られるやつ。ごめんなさいって謝っとこう、ついでに、元気な瀬名先輩が好きです、とも書いておけば機嫌直してくれるだろうか。元気な瀬名先輩……?真くんを見つめる瀬名先輩の事を指すのかな、なら元気ないほうが平和なのかもしれない。でも元気がないってことは瀬名先輩怒ってる時だし、いや、元気だから怒るの?違うよね?怒ってない元気な瀬名先輩が好きです。よしこれじゃないかな。うん、続けよう。

 書き始めると案外言葉とは止まらないもので、瀬名先輩はこうだったああだった、と彼のことを思い出しながら快調にペンを滑らせる。この前のユニット練習のあそこが素敵でした、ここが格好良かったです。羅列かもしれないけれども、全て事実だ。いつも人を食ったような笑顔で私をからかうけれども、それは彼の一欠片にすぎず、優しいところや、格好いいところも全てひっくるめて瀬名泉なのだ。いつまでもそのままの瀬名先輩でいてください。最後の「瀬名先輩」の文字は便箋によく馴染んでるような気がして、満足して私は一つ頷く。よし読み返そう、と書いた文章を目で追うと、最初はKnightsの瀬名泉さんへのファンレターのつもりだったのに気がついたら瀬名先輩へのお手紙へと変貌していた。

「書けたか?」
「書けたけど、想定してるのと違うものになった……」
「それでもお前の気持ちがこもっているんだろう、立派なファンレターだ」

 白い便箋を綺麗に三つ折りに折って封筒に入れる。喜んでくれるといいな、アドニスくんがそう柔和な笑顔を浮かべてくれたので、私も笑顔で頷き返す。素直に喜んでもらえるなんて、ちょっと想像しがたいけど。封筒に封をしながらぼんやりと瀬名先輩を思い浮かべた。喜んでくれるかなあ。くれるといいけど。

 夕方の3年生の教室は2年生のそれよりも人が疎らだ。青色のネクタイを見るなり先輩方は不思議そうに私を見つめては通り過ぎる。やっぱり目立っちゃうよね。蓮巳先輩がいるクラスに向かうのでネクタイを外すわけにもいかず、奇異の視線を向けられながらこそこそ3?Aを目指す。この時間の3年生の教室がある階の廊下は西日がこれでもかという程に差し込んでいて、細長い影が私の後ろに伸びている。まぶしいなあ、窓の外の夕日はとても赤く熟れていた。

 3ーAも他の教室と同じくらい、人がいなかった。教室の入り口から中を覗くと、まるで来るのがわかってたようにばっちりと瀬名先輩と目があった。彼は気怠そうに立ち上がると、早歩きでこちらへやってきて、おっそい、と一言文句。

「でもちゃんと書いてきましたよ」
「くだらない内容だったら怒るからねぇ?」
「うーん、そこはあまり自信がないですけど」

 そう言うと瀬名先輩はふうん、と鼻を一つ鳴らし私から便箋を受け取る。便箋の表にも一応「Knightsの瀬名様へ」と宛名は書いている。値踏みをするように裏表それをじいと見つめ

「形式的にはKnightsの俺宛てなんだ?」

 と可笑しそうに笑った。何を言わんとするか気がついてしまって、私は言葉に窮す。その様子を見て、どうしたの、と瀬名先輩は首をかしげ、訝しげにこちらを見る。

「その、怒らないで聞いて欲しいんですけど」
「内容によるけど」
「ううっ……その、はじめはKnightsの瀬名さん宛て、ってつもりで書いたんですけど、その、気がついたらいつもの瀬名先輩宛てみたいになっちゃって」

 要件を守れないなんてプロデューサー失格ですよね、と私が肩をすくめると、瀬名先輩はとても愉快そうに笑い、なぁんだそんなこと、と私の悩みを一蹴した。

「べつにいいよ。まああんたが俺のことしっかり考えながら書いてくれたようだし、読んであげてもいいかな」
「お手柔らかにお願いします……」
「さあねぇ、じゃあはい、これご褒美」

 瀬名先輩が懐から一通の手紙を差し出す。まさかお返しがいただけるなんて思っても見なくて、へ?と間抜けな言葉が口から即座に飛び出した。瀬名先輩はご満悦に笑顔を浮かべながら、間抜け顔、と容赦無く私の頬をつねる。

「ちょっとはこれでファンレター勉強しなさいよねぇ?」
「え?!てことはこれ瀬名先輩から私へのファンレターですか?!」
「さあ?読んでからのお楽しみ」

 上質な紙なのだろう、封筒を指で滑らせるとサラサラした感触が指から伝わって来る。白いシンプルな封筒にはシーリングスタンプーを模したシールかもしれないがーでしっかり封がされていた。表には彼の流暢な文字で私の名前が、裏面には瀬名泉、と彼の名前がちょこんと鎮座している。

「そういえば、なんで白い便箋が私みたいなんですか?」

 発端になった会話をふと思い出して私は瀬名先輩に問いかける。彼ははあ?と一言呆れたように声を上げると

「ド真面目、面白みのない、平凡」
「なっ……!」
「嫌いじゃないけどねえ?」

 文句を言おうと思ったのに、全て最後の一言で封じられてしまった。瀬名先輩は私の頭を一つ大きく撫でると、俺は帰るから、と悠々と手を振ってそのまま教室から出て行ってしまった。残された私は彼からの手紙と小さくなっていく瀬名先輩を見つめながら、ありがとうございます、と一言、呟いた。

 教室に戻った頃にはどうやら皆帰ってしまったらしく、人っ子一人見当たらなかった。ちょうどいいチャンスだ、と手中の手紙を見る。瀬名先輩からのファンレター。口にしてもにわかに信じられない単語に、私の頬は緩む。どうしよう、すごく褒められてたら。いや、褒められてなくても、そこには私の知らない、「瀬名泉の中の私」が息づいているはず。

『俺と書いてくれた人の秘密だ』
 アドニスくんの言葉が胸中でリフレインする。あの手紙も、これも、私と瀬名先輩だけの秘密。そう思うとやはり口元は緩んでしまう。高鳴る胸を押さえて私は恐る恐る手紙を開封し、その中身を確認する。

「……!ほ、本当にあの人は!!」

 やられた!
 手紙の中身を見て、私は崩れ落ちそうになる衝撃を必死に耐えた。本当にあの人は、あの人は、どこまでも『瀬名泉』だ!几帳面な文字で綴られるその短い文字列に、強烈なほど「瀬名泉」を感じて、私は笑みをこぼした。

『なにか褒められるとか期待した?残念でした。
 明日もちゃんと書けたら、返事、書いてあげてもいいけど

 泉』