瀬名先輩のことを初めて知ったのは、真くんと一緒にいるときに感じる、絡みつくような強烈な目線だった。真くんはあえて無視を決め込んでいるようだけど、気になって私はその目線を追ってしまった。今でも覚えている。よく晴れた日だった。水色の透き通る空に刷毛で塗ったような薄い雲が幾つか浮かんでいるような、そんな日。そんな空気が透き通った日に、異質とも言える鎖のようながんじがらめの視線を感じて、それを何気なく追うと、こちらをじいと見つめている瀬名先輩が見えた。
私と目が合うと彼は忌々しそうにこちらをにらみ、どこかへ行ってしまった。絡みつくような視線が消え去った後、真くんは深々とため息を吐いて、苦笑を浮かべた。泉さん、いっちゃった?私が頷くと彼はまた苦笑を漏らし、驚いちゃうよね、と言った。多分彼はマイナスの意味合いで言ったのだろうけど、私は別段マイナスには思わなかった。勿論当事者ではないから、ということもあるのだが、あれだけ情熱を、愛情を込めて視線を送るなんて並大抵できることではないだろう。関係者以外が触れると怪我をしそうなくらい溢れるほどの情熱を乗せた視線を送るなんて。
それから真くんといるときには大抵瀬名先輩の視線を感じた。ぎらぎらと、私に敵意を燃やしているときもあるし、ただただ見守るように暖かく視線を投げかけてることもある。波長を変えて送ってくるそれに、私は振り返ることもあるし振り返らないこともある。でも、いつも、心の奥底ではいいなあと思っていた。それは一途に真くんを思える情熱に対してなのか、その思いを一身に受ける真くんに対してなのか、あの頃はまだ判断つかなかったけどーー本人は疎んでいたので申し訳ない話なのだけどーー真くんの隣で感じるその視線は私は大好きだった。思いを丹精に練りこんだその鎖のような視線は、私にとって憧れそのものだった。
その頃には私もプロデューサーとしてKnightと関わることも多くなり、必然的に真くん無しで瀬名先輩とお会いすることも多くなった。初対面でこそ「ゆうくんの隣にいるうざい女」認定をされていたのだが、それも一緒に仕事をするごとに印象は変わってきたようで、「うざい女」から「未熟なプロデューサー」、「未熟なプロデューサー」から「そこそこ信頼してもいい人間」に昇格するのにさほど時間はかからなかった。当たり前だけど、真くんなしで瀬名先輩と話すときはあの鎖のような視線を感じることはなく、その度に私は、ああ真くん愛されているんだな、と感じていた。
だから、その視線をずっと感じてきた私だから、気がつけたのかもしれない。だんだんと視線の質が変わってきていることに。熱烈な視線には変わりないのだけれど、種類が増えたという表現が正しいのだろう。真くんに対するそれはいつもとそうかわらないのだが、問題は、そう、うぬぼれでなければ、ほんのかすかだけれど、か細いでも解けそうにない、絹糸のような視線が僅かだが、注がれているような気がしたのだ。
「昔から思ってたんだけど、あんたの視線、うざい」
それはあの日と同じくらい晴れた空で、絹糸のような視線を私はあの日の真くんのように受け流しながらknightのユニット練習のプロデュースに専念していた。今日は司くんがいつもよりご機嫌だったから、お小言も少なく練習は滞りなく終了した。夕日がちょうど落ちきった頃合いで練習は解散して、後片付けをする私と、なぜかぼうっと教室に佇んでいた瀬名先輩だけが教室に残っていた。二人きりになると一層に厚くなる視線に私はできるだけ気にしないように努めていた。努めていたはずなのに。
先程の一言を聞いて、思わず、瀬名先輩に言われたくないです、と口を滑らせてしまった。私の一言に彼は眉をひそめて、うるさい、と一喝した。そうしてひどく煩わしそうに私のおでこを叩くと、だからその目線をやめろっつーの、と一言、言葉を吐いた。
「私、どんな視線してるんですか?」
「あんたが一番よく知ってるでしょ」
「瀬名先輩が真くんに送るような?」
「違う、俺があんたに」
私はそこで無理やり、彼の口を両手で塞いだ。まさか反抗されるとは思っていなかったようで、瀬名先輩は目をぱちくりと目を瞬かせ、そうして思い切り眉をひそめて私を睨んだ。しかし私はそれどころではない。頭の中はまずい、やばい、という気持ちでいっぱいだったし、それ以上聞いてはいけないと、私の心の中で警鐘がなる。
「先輩、おねがいですから言わないでください」
「うるさい、黙って聞いて」
「やだ、後生だから言わないで、聞きたくないです」
「やだってあんたねえ」
「先輩は、真くんが一番好きで、その他はもうそれは消しゴムのカス程度にしか思ってなくて」
「はあ?!どういう意味?!」
「だから、先輩、が、わた、わたしの、ことなんて」
「あのさあ」
自分で言っていて涙が溢れてきた。先輩があんな視線で私を見ているわけがないのだ。勘違いも甚だしいと、言って欲しい。私が、先輩の事を熱心に見つめていたのは認める。やましい気持ちとか、そういうのがないといえば嘘になる。しかしそれをおくびに出したくなくて、隠してきたつもりだ。私の大好きなあの、幾年の思いを積もらせた視線を曇らせたくなかったのだ。余計な不純物などいらない、純粋な一途なあの視線が好きだったのだ。
「あんたのこと好きって言ってんの、わかんないの?」
「だってせんぱ、せんぱい」
「泣かないでくれる?本当にそういうのうざい」
「そう、いうなら、やさし、」
「優しくするのも優しくしないのも俺の勝手でしょ」
そういうと彼は私の涙を拭う。やめてほしいと、頭を振ると彼はひどく煩わしそうに私の頭を掴んで動きを無理やり止めさせる。
「泣くなよ」
「ひどい、ききたくなかったのに」
「ねえ、返事、まだ聞いてないんだけど、まあ聞かなくてもわかるけど」
彼の綺麗な唇が三日月を描く。アイスブルーの瞳が、私を捉え細く伸びる。ぐずり、と私が情けなく鼻をならすと、彼は頬に残る涙の跡を指先で追いながら笑った。
「あんたさ、俺のこと好きでしょ」
あの目線だ。情熱を、執念を織り込んで出来上がった、柔く強い、視線。心をがんじがらめに捉えて決して逃がすことのない、瀬名泉の、視線だ。絹糸のように些細なそれだったのに、気が付いたら、あの日感じてたような太い鎖となって私を捉えていた。
「すき、です」
言葉を吐き出したと同時に彼は手を取り、私の手の甲にキスを落とす。ああ、もう捕まえられた、逃げることなんてできないのだ。あの頃、憧れていた鎖は私の心をがんじがらめに結び、決して解けないものとなってしまった。
もう逃がさないから。彼の一言に私は黙って何度も頷く。逃げられるとは、毛頭も思っておりません。絡みつく視線の情熱を一身に受け止めながら、私は瀬名先輩を見つめた。