DropFrame


 俺はお前のことが好きなのかもしれない、といわれた瞬間に感じたのはトキメキでも胸の高鳴りでもなく、また羽風先輩になにか吹き込まれたな、という気持ちだけだった。こうして後輩をからかうのってよくないよなあと思いつつも、神妙な顔で、俺は恋をしているのかもしれない、と呟くアドニスくんとしっかり向き合う。彼はいつもにも増して至って真剣な眼差しで私を射ぬいている。

 正直言うと、私はアドニスくんに恋をしている。だた、それは知られなくていいとは思っていたし、彼との恋人同士なんて想像もできなかったからそっと心の奥底へ思い出として片付けておく予定だった。なのに急にこんなことを言われて、しかもときめきよりもさきに、羽風先輩のいたずらな笑みが浮かぶのがちょっと腹立たしい。

 だからからかいの言葉で好きなんて言われても嬉しくないし、アドニスくんがからかわれて変なことを言い出すのは全くもって好ましくない。開いていた教科書を閉じて、立ちすくむアドニスくんにどうぞどうぞと隣の席の北斗くんの椅子を勧める。

「いったいどうしたって言うの」
「よく聞いてくれ、俺は、お前に」
「その下りはいいから、結果ではなく、過程を、どうぞ」

 アドニスくんは強く頷いて椅子にどかりと座った。そしてしばらく少し目を伏せて眉間にシワを寄せうつむいたかと思うと、急になにかを決意したかのように顔を上げ

「羽風先輩が」

 と、語り出した。冒頭の単語で思わず今度は私はこめかみを抑える。大丈夫か?と尋ねるアドニスくんに片手を付きだし、ちょっと待って、と言い緩く頭を横にふった。どうしよう予想通りすぎて。いったいどんな入れ知恵をしたんだあの人は。まったくもって、嫌な予感しかしない。

「よしごめん、続けて?」
「ああ、その、俺は日頃お前に感じてることがあって」
「うんうん」
「俺はお前に、常日頃から強くあってほしいと願っている、と同時にお前みたいなか弱いものは俺が守らねばとも思っている」
「そうだね、それ強いほど伝わってるよ」
「しかし、俺はなぜお前にこんな気持ちを抱くのか理解できなかった」
「ほうほう」

 そこで、羽風先輩か。切々と語るアドニスくんを見ながら、どう考えても人選ミスだよなあと私はひとつため息。

「そこで羽風先輩に相談したら、それは、恋だと」
「ほーお、ちなみに守りたい人って私の他にもいるでしょ?」

 自分で言ってて非常に悲しくなる話だが、アドニスくんは素直に、確かにな、と呟いた。なんだ君私に恋してるとか言っておいて確かに、はないでしょ確かに、は。ずきりと痛む心なんてつゆしらず、アドニスくんはまもりたい、と私の言葉を反復している。

「守りたい……小さいか弱い生き物は俺が守らねばと思っている」
「例えば?」
「そうだな身近だと……天満か」
「あ、陸上部の後輩だっけ?」
「……ということは」
「ことは?」
「俺は、天満に恋をしているのかもしれない……?」
「まってまてまてまてまて、落ち着け?な?落ち着いてね??」

 守りたいイコール恋ではない、ということを説き伏せたかったのに、明後日の方向に話のベクトルが向いてしまった。真剣な表情で混乱するアドニスくんを落ち着けようと彼の両肩に手をおいて、まあ落ち着け、と一言声をかける。その瞬間アドニスくんははっと顔をあげて、両肩においた私の手をじいと見つめる。

「すまない、俺は混乱していたようだ、天満には恋はしていない」
「うんごめんしってた」
「もうひとつ、大切な要素が」

 アドニスくんが軽く肩を振るので、嫌なのかな、とぱっと肩から手を離す。離れた私の手をアドニスくんは素早くつかんで自分の手元に引き寄せた。予想外の行動に私は一瞬固まるが、手相でもみたいのかしら、と掌を開いてみせる。じっと掌を凝視するアドニスくん。アドニスくんはおもむろに私の掴まれている右手に自分の右手を重ねる。どきり、と不意に心臓が跳ね上がるのを感じた。アドニスくんはいたって真面目な表情で私を見上げて、その、と口火を切る。

「羽風先輩が言っていたのだが、こうして、手をつなぎたいとおもったら、それは恋だと」

 彼が恐る恐る指を絡ませる。ごつごつと骨ばった手が指に当たる。私より一回り大きい、手。

「俺は、お前に恋をしている」

 繋がれた指にあまりに真っ直ぐな言葉。射抜く視線。

「お前は……」

 そんなことないよと、それは恋じゃなくてからかわれているだけなのだよと言うつもりだったのに。

「俺のことをどう思っている……?」

 あまりにも愚直な視線に、正直に答えるべきか、はぐらかすべきか。どんどこうるさい心臓の音に苛まれながら、なんてことを教えてくれたんだと、羽風先輩に恨み言を浮かべた。