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吠える子犬はすくすく育つ

 それは夏から生まれてきたような少年だった。
自分よりも格上の相手に果敢に立ち向かう猛々しい姿、熱風をも思い出させる紅の髪、
そうして一本スジの通ったぴんと伸びた立ち姿。

 渡り廊下を歩いていると庭先で素振りをしているトッシュの姿が目にはいった。
一心不乱に木刀を振り回しているがどうやら疲れが滲みでているのだろう、
型の乱れがいつも以上にめについた。
ワキが甘いとか、踏み込みはもっと力強くだとか、
指導したい念に駆られたが今日はそれを割愛せねばならない。


「トッシュ」
「なんだよ、オヤジかよ」
「お前なあ、一応子供とはいえお前も”モンジ組”の一員だろうが。親分と呼べ親分と」
「んだよオヤジで十分じゃねえか」


 モンジの呼びかけにトッシュは素振りを止めた。
流れる汗を乱暴に拭いながら、口から飛び出すその年相応の言葉に、
思わずモンジの頬が緩む。
出会ったあの頃よりも頭一つ、
いや二つ分ほど高くなった背丈はまるでひまわりのようだと思った。
必要なものさえ与えてやれば勝手にすくすくと育っていく。

子供の成長は早いからな。
以前幹部にぽつりと漏らしたが、
それはあいつに聞こえないようにしたほうがいいですよ、と釘を刺されてしまった。
この年頃はどうやら「子供扱い」されるのをひどく嫌うらしい。
いやはや面倒臭い。
しかしそれが面白い。
モンジ組もある程度の大きさの組織とはいえ
ほぼ大半は成人を超えた構成員の集まりである。
そのくらいの年頃になると感情の幅などはある程度落ち着くのだが、
トッシュほど幼い子供にはそれができない。
だから見ていて飽きないしーー本人は嫌がるだろうがーー
過保護なほどに世話を焼いてしまう。


「お前が飲める年頃なら酒の1本や2本くれてやったのにな」
「別に飲めねえこともねえよ」
「ガキが色気付くなよ」
「ガキじゃねえよ!」
「ほーお、ガキじゃねえか」


 きっと予想外の返答だったのだろう。
にたにた笑うモンジの表情にトッシュの顔が曇る。
モンジは蓄えた髭を梳かしながら、ガキじゃねえなら仕方ねえなあ、
せっかく準備したのになあ、と笑う。


「お前の誕生日だから、ケーキでも準備してやろうと思ったのにな」
「……!」


 ケーキ、という単語に目の色が変わる。
ほら、こうやって感情がすぐ表に出てしまう。
やっぱりまだまだ青いガキだな、と耳にしたら激怒されそうな言葉を飲み込んで
くつくつと笑う。
ケーキの件は嘘じゃない。
せっかくの誕生日だから用意してやろうという、
幹部の優しい心遣いが冷蔵庫の中で出番をひたすら待ち続けている。


「あまり甘くないやつだがな、まあお前もガキじゃねえならそんなもんは」
「べ、べつに祝われてやらんでもないぞ!」
「ほう?」


 素直なのか、素直でないのか。
喜色を隠しきれない様子で目の前の少年は真っ直ぐにモンジを見つめていた。
モンジはにやりと笑い手元にあった木刀を手に取る。
廊下からひらりと飛び降りると、トッシュは慌てて数歩下がった。
そうして先程まで振るっていた木刀を、しかりと構え直す。


「まあ、まずは一年の成長でもみてやるか」
「ふん、吠え面かくんじゃねえぞ」
「うるせえ、一本取れなかったらケーキはお預けだからな」
「べつに食べたきゃねえけど
オヤジがどうしても食ってほしいって言うなら食わねえこともねえよ」


 目の前には我が最愛の弟子。
誕生日くらい花をもたせてやってくだせえ、という幹部の優しい一言を頭から追い払い、
モンジは木刀をゆっくりと構える。
男の勝負に花もなにもねえよなあトッシュ。
お前も一つ歳をとったなら、どれくらい強くなったか、ワシにもしかと見せておくれ。


 縁側に吊るされた風鈴の音がなる。
刹那、二人は土を蹴り上げて互いの間合いへ駆け込んだ。
舞い上がった砂塵は風に煽られてさらさらと流れていく。
夏の世界の片隅で、木刀と木刀が打ち合う小気味のいい音が高い青い空に響き渡った。