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絆というもの

 買い物帰り。
落ちゆく夕日を見ながら宿へと歩みを進めていると、
同じくらいの背格好の男の子が二人、僕の横をすり抜け街を駆け抜けていった。
時折乱暴に、そしてじゃれあうように。
あっという間に見えなくなったその後ろ姿には”仲が良い”以上のなにか、
暖かなものを感じた。
知ってるようで知らない感覚。
重なり合う影にさえも温もりを、そして強固な何かを感じた。


「おー元気いっぱいだなあの兄弟」


 隣を歩くルッツさんの一言で、
ああ、あの二人は兄弟なんだな、ということをようやく理解した。
兄弟か。兄弟がいるってどんな感覚なのだろう。
楽しいのかな、それとも少々面倒なのかな。
僕にはきっともう、わからないであろう感覚を思い浮かべながら荷物を抱えなおした。

 やけに伸びた街灯の影は街に夜の訪れを告げる。
少々早くなったルッツさんの歩調に合わせるように、僕も小走りで帰路へと着いた。


***


「そっかテオは一人っ子か」
「いいですよね、憧れです」


 ようやく宿にたどり着いた頃には日も落ちきって、きらきらと星々が瞬いていた。
やけに明るい星の光に、空気がいいとこは夜空が綺麗だな、とアレクさんは笑った。
窓を少しだけ開けて、夜風を取り込む。
ひんやりとした風が頬を撫でては通り過ぎる。
僕は疲れた足を投げ出してベッドに座り込むと、ぎしり、とそれは声をあげた。

 疲れたーとルッツさんも同じようにベッドに腰掛けて、ぱたりと上半身を倒した。
今日は買うものが多かったからなあ、とアレクさんが笑い、
ルッツさんは両手を突き出して指を閉じたり開いたりしながら、
まあ仕方ねえけどよお、とひとつ、ため息。
そうして身を起こさないまま、兄弟かあ、とぼそりと呟いた。


「憧れかあそういうもんかねえ」
「ルッツさんはお姉さんがいたんでしたっけ?」
「そうそう、超こええの、すぐ怒るし、コラールッツ!なんつって」


 ルッツさんは勢い良く起き上がって、頭の後ろに両手で人差し指を立てツノを作り、
おっかねえのまじで、と眉をひそめた。
またあんたは仕事さぼって!とか部屋が汚い!下着を放ったままにするな!とか
すーぐ怒んの。まじ怖い。

 ルッツさんが声高くお姉さんの真似をする度アレクさんがくすくすと笑い声を漏らす。
似ているのだろうか。
いまいちピンとは来ないけれども、その行為が面白くて思わず顔がほころんでしまう。


「それはルッツが余計なことばかりするからだろ」
「あれ、そうかアレクさんもお知り合いでしたっけ?」
「うん、ルッツのお姉さんには色々優しくしてもらってね」


 確かに怒ると少し怖いけど、いい人だよ。
アレクさんのフォローにルッツさんは懐疑の目を向けながら、
そりゃあお前アレクは気に入られてたからな、と唇を尖らせた。

 しかし少しだけ間をおいて、姉ちゃん元気かなあ、と
先ほどのおちゃらけた声色からは想像できないほどにしっとりと彼は一言呟いて、
窓の外に目をやった。
ルッツさんの瞳の奥にちらりと、寂しさが光った気がした。
先ほどの軽口も、仲が良いゆえのものだろうな。うらやましいなあ。
僕も彼と同じように夜空へ目をやった。
空の切れ目のような鋭い三日月が、夜の海に漂っている。


「でもよ、そんな兄弟がほしいなら俺がお兄さんになってやらないでもないけど?」


 しんみりとした空気が部屋を包むよりも早く。
ルッツさんは爛々と目を輝かせながら、自信満々な顔で僕に提案をしてきた。
突飛で、そして全く望んでいないものを。


「え、それはちょっと遠慮したいんですけど」
「なんでだよ自慢できるだろ、自慢の兄貴」


 一蹴したはずなのに自信満々に提案してくるルッツさんは、
それはもういい笑顔で自分の胸をとんとん、と二回叩いた。
アレクさんはまた始まったよ、とでも言いたげな苦笑を浮かべて、
しかし何も言わずに僕らを見ている。


「一応聞きますけど……例えば?」
「かっこいい」
「僕、かねがね世間の認識とルッツさんの認識ってずれてると思っていたんです」
「時代が俺に追いついていないだけだろ」
「わー先陣きってるルッツさんかっこいい!そのまま遠くへ走り去っていいですよ」


 馬鹿野郎その時は弟のお前も一緒だ!とルッツさんは
自分のベッドからこちらのベットへと飛び移り、わしわしと僕の頭を乱暴に撫でた。
ちょっとやめてくださいよ!しかも勝手に弟認定してるし!
遠慮です!とても遠慮します!
撫で続ける手を跳ね除けようとするもルッツさんはなかなか振り切れはしない。

 そんな様子を見かねてか、アレクさんはそっと傍にあった枕をルッツさんに投げつけ、
でもほらルッツって賑やかなところあるからいいと思うけど、と笑った。
見事に枕を後頭部でキャッチしてしまったルッツさんは、行動と言葉が一致してねえよ!と僕の枕をひっつかんでアレクさんめがけてベッドから飛び出していってしまった。

 そうして同じようにもみくちゃになる二人を見てーー乱れた髪を整えながらーー
でもお二人は兄弟みたいですよね、と言った。
それはただ単純な感想だったのに、
アレクさんはルッツさんをベットから蹴落としながら、神妙な顔つきで


「テオ、人の嫌がることは言っちゃいけないよ」
「何言ってんだよアレクと俺、兄弟みたいなもんだろ」
「ごめん僕も時代と一緒でその思考には追いつけないよごめんな」
「わーだれにも追いつかれないルッツさんかっこいー」


 その時、控えめに壁が数回ノックされて、
もうちょっと静かにしたほうがいいわよ、とマーシアさんの声が聞こえた。
僕らは肩をすくめてそれぞれのベッドの乱れを直しながら、
ごめんね、と少し大きな声を出した。
返答代わりに二回壁がノックされて、僕らは顔を突き合わせて苦笑を漏らした。


「でも別に兄弟に執着する必要もないんじゃないか?
 こうして血が繋がってなくても、一緒に居られるわけだし」


 あらぬ方向へと飛んでいった枕を自分の手元におきながら、
アレクさんがしみじみと呟いた。
確かに、言われてみればそうだ。
こうして兄弟ではなくとも、一緒にいられるんだから。


「アレクさん……」
「うわなにそのセリフ、プロポーズっぽいぜアレク、俺様ときめいちゃう」
「ルッツにときめかれても僕は全く嬉しくない」


 にゃにおー!と両手を突き上げて怒るルッツさんと、それを見て笑うアレクさん。
そうしてじゃれ合っている二人を見ていると、どこか既視感を覚えて僕は首をひねった。
そうか、あれか。夕方に感じた”あの感覚”だ。
そっか、これはこんなにも近くにあったんだ。

 夜風がひらりと、厚手のカーテンを揺らす。
空に浮かんだまるで微笑みのような月を見上げて、
あの兄弟もこれを見てるのかな、とふと思った。
賑やかで暖かいこの絆のなかで。