DropFrame

小さな反抗期

 ぱちりと聞こえた音に私はなぜだか、
ああ空が割れたのかな、と何の疑問も持たず顔を上げた。
勿論だが空が割れているわけでもなく、目の前には相も変わらぬシルクのような濃紺が
きらりきらりと輝きをまといながら広がっていた。どうしてそう意識を紐付けてしまったのか、空が割れるなんてあるはずがないのに。
隙間のない空はどこか物寂しく、郷愁を感じずにはいられない。
故郷の空、そうして連鎖するように思い出す、懐かしい仲間たちの顔。

 濃紺の空は彼らの顔を浮かべるにはあまりに重く暗すぎて、
私は気持ちを切り替えるように隣に歩いているパンディットに話しかけようとした。
ねえ、と一つ言葉を切って見下ろすと、そこにあるはずの影はない。
後ろを見ると、彼は私の一歩分後ろで右足を上げてなにやら立ち止まっている。
怪我でもしたのかしら、と慌てて戻ると、ああそういうことか。
どうやら先程の音は、ここからなったらしい。

 足元にある割れた枝を目ざとく見つけてしまった私に
くうん、と一つ弱々しく声を上げながらパンディットはそれを自分の足の下に隠した。
こんなことで私が不機嫌になるわけないのに、
うなだれているパンディットのたてがみを優しく撫でて、
私は彼の右足をそっと持ち上げる。
足元の枝は綺麗に真っ二つに折れており、
パンディットはばつが悪そうに私の腕にすり寄ってきた。

 そんな彼をあやしながら、
私は折れた二本の枝を胸前に持ち上げてまじまじと見つめる。
枝先がじぐざぐに折れているそれをじいっと見つめていると
ーー非常に幼くどうしようもない思考なのだけれどもーー
懐かしい、大切な人の姿が見えた気がした。


「エルク、元気かしら」


 私が一つ、そう言葉をこぼした瞬間。
今までご機嫌を伺うようにすり寄ってきたパンディットが突然
その柔らかなたてがみを振りかぶり、肘をめがけて頭突きを。
その衝撃に持っていた枝は宙を舞い、闇夜へ消えてしまった。

 彼は悪びれるそぶりもなく
ーーどう考えても枝を折るよりも暴挙に違いないのにーー
ふんとひとつ鼻を鳴らして、颯爽と歩き始めてしまった。

 ひどい!だとか痛い!だとかそういう言葉が浮かぶ前に、
その彼の行動がなぜだか非常におかしくて、
立ち上がりスカートの裾の土埃を払うと、くすくす笑いながら彼の後ろを追いかけた。