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エルク誕生日の話

「あ、エルクさんお誕生日おめでとうございます」

 夜も更けた頃、そろそろ寝ようかと部屋の明かりを消して布団に入り込んで数分。
静寂に包まれた部屋に突如投げかけられた言葉に、
エルクは素っ頓狂な声をあげるしかできなかった。
そうか、誕生日か。そういえばここのところ刺すような夜の寒さにも遭遇していない。
いつの間にか春がやってきたんだな。


「本当だ、エルクさんおめでとうございます」
「ありがとな、つーか寝ろよ、明日も早いんだからよ」
「だって一番にお祝いが言いたかったんだ、も、の」
「ルッツうざい」
「ひでえ!アレク、蹴るなよ」


 気色の悪い声と、続いてもぞもぞと布団が音を立てる。
先程までモンスター駆除に奔放してたくせに元気なもんだな。
いいから寝ろって、とエルクが声をかけると、もぞりと布団が大きく動いて、
また部屋に静寂が戻った。
祝ってくれるのは嬉しいが明日も明日でこなすタスクが山のようにある。
早く寝かさないと、そうして俺も早く寝ないと。
そうは思っているものの、やはり誕生日と自覚してしまうと心が少々踊ってしまう。
しかし明日は別段なにかあるわけでもない。
あるのは大量発生しているモンスターの歓迎くらいか。


「やっぱリーザさんの家で祝ってもらうんスか?」
「おいルッツ寝ろって」
「んだよアレクだって、
エルクさんやっぱり誕生日はリーザさんの家で……とか言ってたじゃんかよ」
「なんだよ気になんのか?つーか寝ろって、まじで」


 僕は別に、でもリーザさんのことだから豪勢な料理を作って待ってるんでしょうね。
アレクの一言で、脳裏に彼女の姿が浮かぶ。
祝ってくれるのか、そもそも俺の誕生日を覚えててくれてるのだろうか。
でもリーザの手料理俺も食べたいな、じゃねえよつーか寝ろよ。マジで。
明日も肉体労働なんだから。

リーザの手料理話でぽそりぽそりと花を咲かせている後輩二人に
エルクはため息をつきながら起き上がり、彼ら二人がいるであろう方向を向いて、
口を開いた。


「お前らが早く寝て、明日素早く仕事を終えてくれたら、
リーザに早く会えるんだけどな」


 そうですね!早く寝ましょう!なんて会話の沈下のためにこぼした言葉のはずが、
どうやら逆効果だったようだ。
その言葉を口にした瞬間、ひときわ大きく布団がめくれる音が響き


「え?!のろけっすか?!のろけですか?!?!
やっぱケーキとか焼いてくれるんですか?!」
「ち、ちなみに去年もリーザさんと過ごされたんですか?!」
「あーー!うるせえ!寝ろ!マジで寝ろ!本当に!」
「照れてるんですか?!照れちゃってるんですか!?」
「寝ろ、燃やすぞ」


 エルクは手元にあった枕を勢いよくルッツの顔めがけて投げつける。
ぼふん、という柔らかい音と、小さなルッツの悲鳴が聞こえた。
ルッツの悲鳴に驚いているアレクの枕を素早く手元に手繰り寄せて、
エルクはまた布団へ横になる。

全く、しょうもないことで騒ぎやがって。明日も仕事なんだからな。
それにしてもリーザの手料理か。
随分ご無沙汰な気がする。
パンディットにもなにかお土産でも買って帰らないとな。
帰る?か、か、帰るとか別にそんな、俺の家じゃねえし。
リーザだって俺のかかか、彼女じゃねえし!

 エルクはおもむろに起き上がって、もう一度先ほどの方向に枕を投げた。
二度目のルッツの悲鳴と、アレクの驚嘆の声が部屋に響く。
俺今度は何も言ってねえよ!と弱々しい抗議が聞こえた気もしたが、
無視してまた、アレクの枕を素早く抜き取り、布団にもぐりこんだ。


「つーか!俺!エルクさんの誕生日祝ったのに!この扱い!ひどい!」
「でもエルクさんの誕生日って知ってたら、なにか持ってきたのになあ」
「あ、俺今あれ持ってる、ヤバめの薬草」
「アレク、俺今とても爆弾がほしい」
「お昼に使っちゃったんですよね、残ってたらなあ」
「え?なにこれ贈り物間違えると爆死するシステム?」


 暗闇にも目が慣れてきて、ぼんやりと部屋の輪郭が目の前に浮かんできた。
目が冴えてしまったようだ。
早く寝る予定だったのに。
祝ってくれるのは嬉しいが明日のことを考えると頭が重い。
複雑な気持ちを抱え隣を見ると、ちゃんと布団をかぶっているアレクと、
足を立てながら、ぶうぶうと文句を垂れるルッツの姿がおぼろげに見えた。
寝る気あんのかあいつ。
いいや、寝よう。
もう俺だけでも寝よう。

 ふわりと、頭上でカーテンが夜風に揺られて身を翻す。
遮られていた月光が、穏やかに部屋を照らした。
エルクは窓から見える星空を、ぼうと眺める。
ああ、誕生日か。
なんだかんだで、毎年誰かがこうして、賑やかに祝ってくれている気がする。

 あ、と声をあげたのはルッツ。
エルクの視線の先に、星が尾を引いてきらりと流れた。
春の少し柔らかい風が頬を撫でる。
ぱちぱちと瞬きをするともう一閃、星が流れた。


「今の、俺からの誕生日プレゼントってことで」
「ルッツからの誕生日プレゼントはこの仕事の報酬のルッツ取り分か、覚えた」
「僕も覚えました」
「は?!え?!なに俺様タダ働きしないっすよ?!ちゃんと取り決めの分は」
「あーはいはい、寝よ寝よ、寝るぞアレク、明日も早い」
「そうですね、ルッツもほら、子供じゃないんだから、寝るぞ」
「ムキー!!!」


 エルクさん。
目を閉じる前にアレクの声が聞こえた。
エルクは正位置に戻るカーテンを見送り、そっと目を閉じた。
誕生日、おめでとうございます。
彼の、整った声が聞こえた。
そうして続くように、おめでとうございますー、と間の抜けた声もエルクに届く。


「……サンキュ」


 暖かい何かが、胸の中に広がっていく。
今夜はいい夢が見れそうだ。
早く寝ろよ、と言葉を残して、エルクはそのまま夢の世界へと落ちていった。