溜まりに溜まっていた洗濯物は片付けた。キッチンの掃除もよし。
想定していた雑務が早く終わり、
上機嫌でポコは隠しておいたチョコレイトを一つ、口の中に放り込んだ。
これからなにをしようかな。
楽器の整備はこの前したし、備品管理は僕の担当じゃないし。
さわさわと揺れる木々をぼんやり眺めながら歩いていると、
廊下に佇んでいるアークの姿が目にはいった。
窓枠に肩肘をついて、口元をほころばせてなにかを見ている。
ポコが、アーク!と一声かけると、彼は至極嬉しそうに笑って、
ポコ!と彼の名を呼んだ。
「何見てるの?」
「ほら、あれ」
丁度いいところに。彼はそう言って窓をこつこつと鳴らす。
丁度いいってなに?と頭に疑問符を浮かべながらも窓を覗き込む。
ああ、そういうこと。眼下の景色にポコは自分の頬が綻ぶのを感じた。
どうやらシルバーノアの真下、
少し開けた広場でトッシュとエルクが鍔迫り合いをしているようだ。
声こそ聞こえないものの、彼らの猛々しい雰囲気は艦内にも伝わってくる。
「元気だなあ」
競り合いに集中していたエルクの隙をついてトッシュがおもむろに横蹴りを入れる。
相当力を入れていたのだろう、
トッシュの足からすぽんと抜けた草履は放物線を綺麗に描いてどこか遠くへ飛んで行く。
蹴りを回避するために後ろへ下がったエルクはそんなトッシュを見て笑い、
トッシュはあらぬ方向へ飛んでいった草履を小走りで取りに行った。
そこで気がついたのだが、どうやら二人は普段の獲物を使ってはいないらしい。
エルクが手にしているのは木刀で、トッシュが持っているのは訓練用の棒だ。
アークの顔を見ると、彼は、気づいた?と無邪気に笑みを浮かべる。
「今日はお互いの武器をつかってるんだってさ」
「へーえ、面白いね……あれ?トッシュに棒術の心得なんてあったんだ?」
「いや、あれはないだろ」
草履を履き直したトッシュは果敢にエルクへ向かっていくが、
素人目から見ても、ただ闇雲に振り回しているだけに見える。
槍の醍醐味である突いたり、薙いだり、そういった動作はほとんど見当たらず、
ひたすら力で相手を押している。
一方エルクはある程度覚えがあるのか、
多少ぎこちなくはあるがトッシュにくらいついている。
「エルクは割と様になってるね」
「これは珍しくエルクが優勢じゃないのかな」
「珍しくって本人聞いたら怒るよ」
ポコの一言に、わざとらしくアークは口元を手を押さえて、
秘密な、と肩を揺らして笑う。
そうしてまた視線を彼らに戻すと、
楽しそうに言葉をこぼしながら彼らの鍛錬を観戦しはじめた。
ほら見てみろよ。ああ、そこは……!おおお!すごい!!
ポコも暫くアークの隣でおとなしくそれを眺めていたのだが、
あまりにも彼が楽しそうな声を上げるので、抑えきれなくなって口を開いた。
「せっかくだから僕らも行こうか」
「……!」
訓練とか、そもそも体を動かすってそこまで得意じゃないし、あまり好きでもない。
でも本当に楽しそうに観戦するアークを見て、やりたいのかな?から気持ちが、
僕も手合わせしたいな、にじわりと変わっていくから不思議。
アークはポコの提案に目を丸くして驚きながら、ポコと?と言葉を絞り出す。
「いいじゃないたまには、僕とやろうよ、アーク」
「珍しいこともあるもんだな」
「アークったら一言多いんだから、僕だってやるときはやるんだからね!」
とん、と彼の腰を叩くと、アークはとても嬉しそうに破顔させて、
「ポコとかあ、剣に振り回されるなよ」
と、お返しと言わんばかりにポコの肩をとんと押した。
「失礼な!僕だって一応剣術の訓練は受けてるんだからね!
アークだってちゃんとシンバルで戦ってよね」
「げっ、そうなるのか……
ポコ、知ってるか?楽器ってそうやってつかうもんじゃないんだぞ」
「楽器で戦わせた張本人が何を!」
* * *
「あら、何を見てるの?」
「サニアさん!みてくださいあれ」
「エルクとアークと、トッシュと……ポコ?珍しい取り合わせね」
「手合わせをしてるみたいですよ」
「ふうん、雨でも降らなきゃいいけど」
「ふふふ、そうですね」
うららかな陽光の下、楽しそうな声が4つ。
音までは届かないものの確かにシルバーノアにも、響いていた。