DropFrame

私の特等席

 歩こう、なんてエルクの言葉に、
リーザは目をぱちくりと瞬かせて、お散歩?と切り返した。
そうしたらエルクはあっと言葉を漏らし、そして顔を赤らめながら小さく一度舌を打ち、
「散歩しよう」と言い直す。
窓から見える空の色は誘われなくとも出て行きたくなるくらい
澄んだ青色が広がっていて、
平和そうに草葉がゆらりゆらりとその身を風にゆだねていた。
 ばつが悪そうに目線をそらすエルクの肩を二三叩いて、
行きましょうか、とリーザは微笑む。
折角エルクが勇気を出して誘ってくれたんだもの、行かないわけないじゃない。
照れくさそうに先を歩くエルクを見ながら、リーザはふふふと笑みをこぼした。


 元々エルクは誘い文句が苦手だ。
気取りすぎて目的が分からない誘い方をしてしまったり、先程のように飾りっ気のない、
というかそもそも飾る気のないシンプルな言葉になってしまったり。
でもそういう不器用な所が好きなんだよなあ。
斜め前を歩くエルクの背中を見ながら、リーザは嬉しそうに顔を綻ばせる。
 彼は隣りを歩かない。
良くてリーザの一歩半前を先導するように歩く。
勿論歩幅の関係もあるが、単に隣りを歩くのが照れくさいというのが
大きな理由ではないだろうか。

 たまに寂しくも思うが、彼が歩くたび揺れるポンチョだったりとか、
風になびくターバンだったりだとか、なんとか話題を探そうと眉をひそめる横顔、
思いついて嬉しそうに話しかける振り返った顔。
ここから見れる景色も、悪くはないと思っている。
今だってほら、困ったように唇を尖らせている。
会話の糸口を探っているのだろうか。
ああ、だとか、ううん、だとか、
言葉にならない言葉達が宙に舞っては風に飛ばされている。

 リーザは数歩早足でエルクを追い抜いて、彼の顔を覗き込むように首を傾けた。
ばちりと目線がかち合い、その瞬間エルクは面食らったかのように目を瞬かせた。


「いい天気ね」
「そうだな」
「パンディットも連れてきたらよかったかしら」
「別に、たまにはいいだろふた」


 二人きりでも、と喉元まででかかった言葉を、エルクは寸で止めた。
そうして眉をまた深く潜ませると、
パンディットも一人で居たいときもあるだろ、と言い直して少しだけ歩調を早めた。
彼が道ばたに転がっている乾ききった枯れ葉を踏む度、
かさりと小気味のいい音があたりに響く。
通り過ぎる彼の姿を見送って、数歩離れたタイミングで彼の背中を追いかける。

 二人の声の代わりに、落ち葉がさくさく音を鳴らす。
リーザは目線をエルクから足元へ移し、わざと落ち葉のある方向へ足を運んでいく。
一体エルクは何を言いかけたのだろう。
ぼんやりと考えながら一際大きい落ち葉を踏んだ。
かさり。
どうせ教えてくれないんだろうなあ。
かさり、かさり。
でもエルクがこうして誘ってくれただけいいわよね。
かさり、かさり、かさり。
そうだ、言葉なんて二の次だ。
こうして彼と歩いているだけで、こんなに幸せなんだから。


「二人きりも、いいものね」


 さくさくさく、と落ち葉が一斉に鳴き出したので、驚いてリーザは顔を上げた。
目の前には大量の木の葉に足を突っ込んで、立ち尽くしているエルクの姿。
な、なん。歯切れの悪い言葉が彼の口からぽろぽろ零れる。なん、な、な。


「ばっばーか!」
「え?!え!どうしたのエルク!」
「何でもねえよ!ほら!きびきび歩くぞ!」


 歩くよりも、走るに近い歩調でエルクが急に歩き出したので、
リーザも慌ててその背中を追いかけた。
ああ照れてるんだな、というのは咄嗟に理解したが、
この言葉くらいで照れてしまうものなのだろうか。
年上の男の子に使う言葉ではないが、
どこか可愛らしさを感じてリーザは小さく笑い声を零した。


「ねえエルク」
「……」
「こうしてまた、二人でお散歩しようね」
「……」
「……だめ?」
「気が向いたらな」


 そうは言うもののきっと近いうちにまた誘ってくれることをリーザは知っている。
隠しきれない笑みを必死に噛み殺す横顔を眺めながら、リーザはまた穏やかに微笑んだ。