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例えばのはなし

 「例えば」で始まる話なんて八割方意味のないものだ。
「例えば」起きたら金持ちだったりとか、
「例えば」魔法が使えたりだとか——マーシアは使えるけど——
話のネタには丁度いいかもしれないが、
その話に中身があるのかといわれたら甚だ疑問に残る。
だからルッツが唐突に、例えばさあ、なんて前置きをしたので、
あたしは、ふうん、と聞き流す前提の気のない返事を返したのだ。
彼はその言葉が気に触ったのかほんの少し唇を尖らせる。
尖らせた所でなにも可愛くないんだけど。
あざといその表情から手元へと目線を戻して、目下の作業を続ける。

 部屋にはあたし達二人だけ。
妙な沈黙と銃を磨く布の音だけが部屋を満たす。
薬室にこびりついた煤と格闘しながらも、ふと、聞こえてこない話の続きに意識は移る。
聞きたいなんて微塵も感じてないけど、聞こえてこないのはそれはそれで気味が悪い。
銃から顔を上げてルッツを見ると、彼は未だに不機嫌そうに顔を歪ませて、
じいとこちらを見つめているではないか。
全く面倒なやつめと、手入れしていた銃と布をそっと机の上に置く。


「なんなの」
「あれ、もしかして不機嫌?」
「今不機嫌になった」
「なんだよオレのせいかよー!」
「よくわかってんじゃない」
「なんだよそれ」


 言葉とは裏腹に、彼の表情は何故か喜色が滲み出している。
そうしてルッツはわざわざあたしの対面まで移動して腰を下ろした。
どうせろくでもない話なんでしょ、と言うと
彼はわざとらしく顔を曇らせて大げさに机に突っ伏した。


「今のでオレ様超傷ついた」


 移動してきて言いたいのはそれだけ?
 ルッツは顔を上げて、あたしの顔色をうかがうようにじいとこちらを見上げてくるが、
ただそれだけで続きを一向に話そうとはしない。
焦らしているつもりなのだろうか。
大体アンタが傷つこうがなにしようが全く興味はないし、その表情も非常に鬱陶しい。
浮かんでくる気持ちを全て包括して、一つ舌打ちを鳴らす。


「舌打ちって行儀悪いんだぜ」
「うるさい、で、話の続きは?アンタの馬鹿話に付き合う程暇じゃないんだけど」
「そう言いながら付き合ってるくせにー」
「あー!もう鬱陶しい!」


 話さないなら作業に戻るからね!と言い放ったあたしに
彼はああ!待って!と大げさに声を張り上げる。
そうしてルッツは椅子の縁をぎゅっと握りしめて、ううん、とうなり声。

 なかなか切り出さない続きにほとほと呆れ始めた頃、
ルッツは思い切ったようにぱっと顔を上げて、口を開いた。


「……やっぱやーめた」
「はあ?なんなのアンタ」
「ひっみつー!ま、シェリルからかえたし別にいいかなーって」
「ほんっとアンタってヤツは……!」


 ルッツは満足したのか、ひょいと椅子から降りると
飄々とした笑顔であたしを見て、わるいな、と一言呟いた。
なにが悪いのか、一体何が目的なのか、
一切分からない彼の物言いにイライラしながらも、止めていた手を再度動かし出した。