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誕生日には可憐な花冠を

 ゆっくりと夏が秋に衣替えをはじめる頃。
なんだか暑く感じる日が少なくなって来たなあと大きく伸びをしながら
シルバーノアの周りを散策するエルクの視界に、なにやら小さな影が二つ。
よくよく目を凝らしてみると、
遠くの野原でちょことヂークベックが二人して座り込んでいるようだ。
ここからだとあまりに遠過ぎてなにをしているかは分からない。
しかしトラブルメーカーの二人が座り込んでいる、というだけでいい予感はしない。
エルクは進む方向を変えて、二人の方へと歩き出した。

 ある程度近付くと、ちょこが気配に気がついたのか、顔を上げてエルクをとらえた。
立ち上がり洋服の砂埃を軽く払って、エルクに大きく手を振る。
おおい、エルクー!そんな声に同調するようにヂークベックも蒸気を出しながら、
エルク!と大声を上げた。
んな大声あげなくても聞こえてるっつーの。
エルクは頭を掻きながら二人に手を振りかえした。

 野原には色彩豊かな花々が咲き乱れている。
どこかほんのり甘い匂いが鼻をかすめる。
嫌いじゃねえなあ。
もちろんクッキーやチョコレートのような甘い匂いの方が好きなのだが、
こうした花々の香りも悪くはない。
それにしてもどこか嗅いだ事のある匂いにエルクは首をひねった。
なんつったっけ、この花の名前。
頭に浮かんだ花の名前を並べてみるがどうもぴんとこない。
ま、考えても仕方ねえか。
軽く小走りで彼女らのもとへ走ると、ちょこはエルクを見上げて喜色をあらわにした。


「なにしてんだよ、こんなとこで」
「んーとね、お花のかんむりつくってるの」
「花冠?」


 ほら、とちょこが上機嫌に途中まで編んだ花の束を持ち上げる。
大きさも色もちぐはぐでお世辞にも綺麗とは言えない出来だが、
彼女は自信に満ちあふれた表情でエルクの反応を待っている。


「キヨウなモンだロ」


 彼の一言にエルクが、そうだな、と返すとちょこは両手を上げて喜んだ。
綺麗だって!とはしゃぐ彼女に、
儂ノチカラのオカゲダナ、なんてヂークベックは誇らしげにふんぞりかえる。
別に綺麗なんて一言も言ってねえけど。

 本音を心の中に押し殺しながらヂークベックの方へ目をやると、
彼の隣りには大量に摘まれた花の束はあるが、
花冠の編んでいる途中になるものは見当たらない。
なるほど、どうやら編んでいるのはちょこだけらしい。


「器用たってお前摘んでるだけじゃねえか」
「ヂークが摘んでちょこが編むのー!二人でつくってるの!」


 猛然とした彼女の抗議にエルクは肩をすくめて、悪かったって、なんて言葉を吐く。どうやら彼女はそれで満足したようで、いいでしょう!なんてまた制作途中の花冠を持ち上げて満面の笑みを浮かべた。


「いいけどよ、急にどうしたんだよ。というかよく作れんな」
「トッシュに教えてもらったのー!おくりものは”おはな”がいいんだって」
「誰かに贈るのか?」
「リーザの誕生日だから、リーザにあげるのー!」


 ちょこの一言にエルクの動きが止まる。
あれ、もうそんな時期だったっけ?
そろそろだなあなんて頭の片隅に置いていたはずなのに、
最近めっきり忙しくて失念していた。
そうか、今日は彼女の誕生日なのか。
やべえ、と一言呟いて口を覆い隠すと、
ヂークベックが嘲笑まじりにエルクの足をぽんぽんと叩いた。


「おマエ、ナニもヨウイしとらんかっタな」
「うっせーなちょっとど忘れしただけだろ!」
「ならエルクも一緒につくる?ちょこ教えてあげるよ!」
「ホレホレ、さっさとスワランかイ」


 ヂークベックに促されて、エルクは渋々二人の間に腰を下ろした。
ちょこは一等茎の長い花を一輪エルクに渡して、これで編んでいくんだよ、と笑う。
そうして手本とばかりに自分の作った花の束にくるくると新しい花を巻いていった。
まあ今から準備できるのなんてこのくらいしかないか。
ひとつ大きなため息をついてエルクも花を編み出したが、これがどうにも手強い。
力加減を間違えるとぷつりと折れてしまうし、緩いとすぐに解けてしまう。
加えて茎から出る草の汁がつるりと指を滑らせて作業しにくいことこの上ない。

 大量に花をダメにしてしまっているエルクを見て、
ヂークが、ハナがカワイソウだナ、と一言漏らす。
うるせえ、と言葉を吐き出してちらりとちょこを見ると、
彼女は一生懸命に花を編み続けている。
最初見た時は上手いとは思わなかったが、
こう自分で編んでみると彼女の花冠がとても輝いて見えた。
するりするりと伸びていく花の束をみて、エルクは嘆息した。


「しっかし上手いもんだなあ」
「トッシュの教え方が上手だったから」
「おっさんが花編んでるとこって想像したくねえな……」


 というかあのおっさん力加減とかしってんのかよ。
またぷちりと折れた花を脇に置いて新しい束をとろうとヂークの方を見たら、
彼の周りには花など一輪もなく、ぽっかりと地面が顔を出していた。


「おいヂーク、そんな摘むなよ禿げてんぞそこ」
「モンクをイウナ、サッサとアメ」
「んだとこのぽんこつ……!案外難しいんだよこれ!」
「エルクのへんてこー!」
「るせー!」


***


「ちょこの頭通りすぎちゃうねー」
「むー……」


 指に草の汁がたっぷりとしみ込んだ頃、ようやく完成したエルクの花冠は、
頭にかぶるには少々大きすぎるものになってしまった。
編み出しの部分は力加減がよくわかっていなかったのでごつごつしているし、
自分が良いと思っていれた差し色だって、入れすぎてなんだかけばけばして見える。

 これじゃちょこの事どうこう言えねえな、と彼女の方を見てみると、
冠サイズの綺麗で可愛い花冠がそこには出来上がっていた。

 ヂークベックは二人の花冠を見比べて、サスガオンナノコ、と呟いた。
ちょこは得意げににんまりと笑い、その冠を自分の頭に乗せる。
うーん、やはりこれは大き過ぎたか。
ちょこの頭に乗った冠と、自分のそれを見比べて、エルクはがっくりと肩を落とした。
これを渡すのかあ。

 どうしたものか、と花冠を見つめていると、急に手元に影が差した。
驚いて振り返るとそこには髪をかきあげながらにこにこと見下ろすリーザの姿があって、
エルクは喉元まで出て来た悲鳴を飲み込み、咄嗟に手元の冠を背中に隠す。


「あらエルクもいたのね」
「どどどどうしたんだよ!」
「ちょこちゃんにね、お外の太陽が傾いたら迎えにきてーって頼まれてたから」
「な、そ、そうかよ」


 余計な事しやがって。
エルクがじろりとちょこを睨んだが、彼女は首を傾げながらエルクに微笑みかけた。
そしてちょこはエルクと自分の間の地面を叩いて、リーザ座って座って、と彼女を促す。
リーザは微笑みながら、丁度一人分空いていたそこに座り込む。
なんだか不思議なメンバーね、とリーザが笑うと、
ちょこは、そうかなあ、と首を傾げて、そして嬉しそうに立ち上がった。


「あのね!あのね!リーザのね、誕生日プレゼントね、つくってたの!」
「あら!」
「儂もテツダッタんだゾ」
「ヂークも?ありがとう!」


 リーザは両手を顔の前で合わせ、プレゼントってなんなんだろう、とはにかんだ。
ちょこは自分のつけていた花冠をそっとリーザに乗せると、
お誕生日おめでとうー!と両手を叩いた。
それが合図だったのか、
ヂークベックは突然花びらを空に舞い上げて、メデタイ!と声を上げる。
青空に打ち上げられた花びらは風に舞って、
香りとともにちらりちらりとリーザの、エルクの前を吹き抜けていく。
まるで色鮮やかな吹雪みたいだ。
エルクもリーザも声を失って、二人で顔を見合わせる。
そうして二人で破顔して、空に散らばる花びらを見上げた。


「とっても素敵なプレゼント、ありがとう!」
「あとね!エルクも作ったんだよ、ねー!」
「わ、バカ余計なこと言うな!」
「エルクも?」
「その、あれだその……」


 この後にもってくんのかよ……。
期待に満ちた眼差しを向けられて、エルクはおずおずと後ろに隠していたそれを出した。
リーザは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑顔に戻って、そっと手を差し出す。
差し出された手に花冠を乗せると、
彼女は器用にそれを首に通して、照れくさそうに笑った。


「似合うかしら?」
「わー!素敵なネックレス!」
「ケッカオーライだナ」
「るせ!」


 力任せにヂークベックを殴ると、鋭い痛みと共に拳に熱が走る。
バカメ、なんてヂークベックは笑い、もう一度花びらを空に向けて放り投げた。
大体いつの間にむしったんだよ、
なんてエルクが編む際にちぎってしまった花の山に目をやると、
見事に花びらがむしり取られ茎の束へと変貌していた。
あれ、もしかしてこの花びらって、オレが失敗しちゃったヤツ?

 リーザに目をやると、嬉しそうに首元の花冠を触って微笑んでいた。
ちょこも彼女の足元に擦り寄りながら、楽しそうに微笑んでいる。
風に舞う花びらと、通り抜ける花の甘いにおい。
そうして彼女らの笑顔に、エルクの心臓はいつもよりも高鳴っていた。
リーザ、とエルクが名前を呼ぶと、彼女はゆったりとこちらを見た。


「……その」
「うん?」
「……誕生日、おめでと」


 ありがとう、と照れくさそうに笑う彼女の微笑みは、
花冠に劣らない程愛らしく、そして可憐だった。